明るい未来に目を向けて困難な時代に立ち向かう――そんなポジティヴな空気に溢れた新作が完成。UKダンス・ミュージックの歴史に根差した繊細な音世界は聴く者を導く美しい光となる!
楽曲制作に救われた
「このタイトルには〈明るい未来に目を向けて困難な時代に立ち向かう〉という意味が込められている。僕らは2020年のパンデミック直前から曲作りを始め、コロナ禍の困難な時期を経て、2023年の9月まで新曲の制作に取り組んだ。その期間中に二人とも健康上の問題を抱えていたけど、回復力を見い出すための苦難は希望に包まれていた。つまり、楽曲制作に取り組むセッションは僕らにとって〈解毒剤〉のようなものだったんだ。何か集中する目的があったことで気がまぎれたし、未来という明るい時代に目を向けて新曲を制作することができたから」(リアム・アイヴォリー)。
そんな由来で『Hallucinating Love』と名付けられたサード・アルバムを引っ提げて、マリブー・ステートが帰ってきた。英ハートフォードシャーを拠点にクリス・デヴィッズとリアム・アイヴォリーが組んだこのコンビは、ファットボーイ・スリム“Praise You”(2013年)などのリミックスで脚光を浴び、カウンターからの『Portraits』(2015年)でアルバム・デビューしたエレクトロニック・ユニットである。ボノボやジェイムズ・ブレイク、The xxらが引き合いに出されるチルな越境型のサウンドは〈叙情派〉とも呼ばれ、2018年の2作目『Kingdoms In Colour』でさらに支持を拡大。Mixmagの〈Artists Of The Year〉に選出されるなど高い信頼を集めてきた。
が、リアムも話すようにその後の活動には心身の健康問題から制限がかかったそうで、慢性的な頭痛持ちだったクリスは2022年に〈キアリ奇形〉という希少な疾患と診断されて手術を行い、一方のリアムも不安障害から創作がままならない時期もあったという。
「クリエイティブな作業がかなり制限されるようになって、頭痛の症状がない時に制作に取り組むようにしていた。心の安らぎを感じられるようになるまでは難しかったけど、新作への取り組みのおかげで気がまぎれたし、時間の経過と共に自分の気持ちも和らぐようになったよ。手術後は自分のやっていることがより明確になったと思う。齢を重ねたからか、前より考え込み過ぎないようになったし、仕事とプライヴェートの時間をきちんと分けるようになった。以前の僕はスタジオ・ワークに入ると常に作品のことばかり考え、週末も仕事をしていた。クリエイティヴな仕事は大好きだし、楽しいけど、健康面ではマイナスだったんだよね」(クリス・デヴィッズ)。
「正直な話、新作の制作過程に二人とも救われたね。僕らはそれぞれ異なる問題を抱えていたけれど、クリスと話せて本当に良かった。楽曲制作へのプレッシャーが常にあったから、自分たちの経験や思っていることについて何時間も話せるようなライティング・セッションの時間が非常に役に立った。自分を追い込むのは大変な時もあったけれど、気持ちが沈んで不安になっている時には楽曲制作に専念することが非常に役立ったから。とにかく制作期間中はいろんな感情や苦悩を抱えていて、自分が下した決断に苦しんだ時期もあった。エモーショナルになってしまうことが多くて、それはアルバムに反映されていると思う」(リアム)。
そうした創作は回復のプロセスだけでなく、ツアーやミックスCDの制作などを経た彼ら自身の成長を反映したものでもあるだろう。
「2018年に前作を発表して、そこから7年も期間があれば、どんな人でも多くのことを体験するし、成長を遂げたりするよね? 僕らの場合、2018年と2019年に初のワールドツアーを行い、その後2020年にパンデミックとロックダウン、そして、僕の精神面での問題やクリスの身体的な問題、曲作り、恋愛関係での成長……とにかくいろいろなことがあった。この約7年間で自然に成長を遂げたと思う。その期間中に生まれたポジティヴな副産物のひとつは、曖昧さや匿名性を取り除き、自分たちへの自信を得たことだった。でも、〈曖昧さを減らそうか?〉なんて二人で話し合ったわけじゃないよ(笑)。それから、英国のエレクトロニック・ミュージックというルーツを誇らしく思う気持ちも生まれたね。その中心で育ったことには感謝している」(リアム)。