股下89(またした・はっく)を経て、大山田大山脈、The Halcyonといったユニット/バンドで活動中の安島夕貴(あじま・ゆき)が本人名義での初アルバム『第一音源集』をリリースした。内省的でパーソナルなアシッドフォーク然とした曲調にはシド・バレットを連想したが、本人はデヴィッド・ボウイなどのグラムロック、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのジョン・フルシアンテのソロなどを愛聴していたという。アルバムは自己の内奥と対話しているようなノイジーな曲と、明瞭なボーカルが光るポップでキャッチーな曲が両輪として機能し、陰と陽のバランスの取れた稀有な一枚となっている。安島に話を聞いた。

パンクやオルタナに影響されたバンド股下89でスタートしたキャリア
――僕は安島さんがボーカル/キーボードを担当していた股下89のライブを観たことがあるんです。今、大森靖子さんのバンドのシンガイアズでベースを弾いているえらめぐみさんがメンバーでしたね。ちょっとサイケがかったミニマルファンクだったと記憶しているんですけど、あれが安島さんのキャリアの最初期でしょうか?
「最初ですね。その前は学校の軽音楽部でSHAKALABBITSなどのコピーバンドでドラムを叩いていて、オリジナルをやり始めたのは股下89が最初です。
最初に夢中になった音楽は、Tommy february6でしたね。小学6年生の時に自分のお小遣いで初めて買ったCDがTommy february6のファーストで。〈英語で歌っているの、かっこいいな〉と思って。洋楽で最初に好きになったのはアヴリル・ラヴィーンですね」
――股下89はどういう音楽をやろうと始まったんですか?
「パンクロックとかオルタナティブロックが好きなメンバーたちで集まって、最初はコピーをしていたんです。ゆらゆら帝国、ソニック・ユース、リチャード・ヘル、パブリック・イメージ・リミテッド、ビキニ・キルとか。それがなんとなく、オリジナルを始めるようになって」
――ああ、ゆらゆら帝国。今回リリースされた『第一音源集』の“エンドロール”を聴いた時にゆらゆら帝国を思い出したんですけど。
「はいはいはい、確かに」
――これってかなり前にあった曲なんですよね?
「多分10年ぐらい前からありましたね。今回アルバムに入っている曲は大体それくらい前からあったんですけど、あまり楽器が得意じゃないので、ひとりで作ろうとしても、なかなかアレンジが進まなくて。宅録をちゃんと始めたのが比較的近年なんですよね」
――10年前に作った曲と今回収録されている曲はだいぶ変わったんですか?
「変わったところは、編曲に10年来の友人である鈴木将太さんをお迎えしたことですね。その点で、編曲については全く違いますね。曲のコード進行、メロディーについてはノータッチですけど、オーバーダブされた楽器――ギターやピアノ――は、彼がかなりの部分を演奏してくれていて。フレーズも、彼がいちから作ってくれています。
最初、ひとりでデモを作ったんですけど、一回完成させてみて、何かわからないけれど足りないなって思ったんですよね。その足りない点は、技術とかアレンジ力で補えるものかもしれないと思って、将太さんにアレンジをお願いしました。彼の中にあって私の中にないものを提供してもらったようなイメージです」

言葉のない実験的な電子音楽へ向かった大山田大山脈
――大山田大山脈という、アンビエントやテクノを作るひとりユニットもされていますよね。まずこのユニット名はどこから来たんですか?
「2011年に股下89でフジロックの〈ROOKIE A GO-GO〉に出たんですけど、その時に初めて山の近くに行きまして。で、本当に山が大きくてびっくりしたんですよ」
――大きいですよね。
「その〈おお、山だ! ……大山脈!〉という驚きをそのまま名前にしたんです」
――(笑)。じゃあもう股下89をやっていた時から大山田の構想はあったんですね。
「ありましたね。といっても、最初はそれで音楽をやるというよりは、あだ名みたいな感じで考えていて。例えばYouTubeにアカウント登録する時に名前が必要だったりするじゃないですか。そういう時に使っていました。で、電子音楽を新しく始めるっていう時に名義として使ったっていう感じですね」
――電子音楽をやるというのは、歌がある音楽に疲れてしまったみたいなこともありました?
「ありました」
――なぜでしょうね?
「歌詞を作るのがとても大変で。特にバンドをやっていた頃は、バンドで曲が先にできて、私が後から歌を乗せていたんです。ただ、それは音のムードを崩さないように、消去法で書いていたんです。この言葉はふさわしくないなっていうものを消して選んでいったというか。それがとても大変だったので、その経験をもうしたくないと思って、大山田を始めました。
あとエイフェックス・ツインとか、歌のない音楽を聴くようになっていたのも大きいですね」
――『Selected Early Works』というタイトルのアルバムがありますけど、あれはエイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works』からとった?
「そうです。エイフェックス・ツインはリズムへのアプローチよりも、メロディーが好きなんですよね」
――テクノとかエレクトロニカ、アンビエントのあたりではどういうミュージシャンが好きなんですか?
「90年代のワープ周辺のものは好きでした。LFOとかブラック・ドッグとか。アンビエントだとブライアン・イーノとかハロルド・バッドとかですね。あとツーシン(Tzusing)やアンディ・ストットやアルカなどのエクスペリメンタルテクノ、『KOWLOON’S GATE』や『ゆめにっき』などのゲーム音楽からの影響も大きいです」
シンガーソングライターとして深めた内省的表現
――歌詞を書くのが大変だったとおっしゃってましたけど、今回のアルバムには歌詞が入っていますよね?
「それは、バンド用に歌詞を書いて持っていくのと、ソロ名義用に歌詞を書くのとでは、気持ち的に違うところがあるからですね。バンドに持っていく時は、ドレスコードみたいなものが決まっていて、その雰囲気に合わせて提供する感じなんです。だから、制約が自分の中にあって。
それに対してひとりで作る曲っていうのは、もうプライベートなものをそのまま出せる。そういう意味で、ひとりで作っている曲に関しては、歌詞を書くことに対しての〈疲れ〉は感じませんね」
――バンドだとまずメンバーに見せたらどう思われるか考えますよね。
「そうそう。それはあります」
――ソロだとパーソナルなもの、内省的なものでもいいっていうような?
「はい。ソロだとプライベートな要素を押し出しやすいところはありますね」
――大山田でやったことの蓄積っていうのは、今回も反映されているんじゃないかと思ったんですけれど。
「大山田で、アレンジも含めてひとりで曲を完結させられた経験は自分の中で大きいですね。あと大山田で歌ものの曲のリミックスをやらせてもらう機会が何度かあって。そういう経験のおかげで、歌の入っている曲もひとりでやってみようっていう気持ちになれたんです」

明暗が同居するアルバム
――“エンドロール”みたいにヌケがよくてメロディーがくっきり見える曲と、ノイズの向こうからメロディーが立ち昇ってくる曲と、両方あるなと思っていたんですけれど。
「ノイズの向こうからっていうのは、“黙示録”っていう曲が象徴的だと思うんです。あの曲は私がひとりでアレンジをしたんですけど、歌詞が聞こえづらいのは、あそこまでプライベートな歌詞を加工せずに出す勇気が、作った当時はまだなかったからですね。
でも一方で、さっき話した編曲の鈴木将太さんの介入によって、思いっきり明るい方向に開けたみたいな曲もあって」
――将太さんとはどうやってやりたいことを共有したんですか?
「最初は“コミュニケーション”っていう曲に近い、リバーブマシマシのちょっとサイケでプライベートな感じの音源を集めたプレイリストを作って、共有したんです。けど、将太さんのアレンジは全然そういう感じではなくて。もっとからっと明るい感じだったんです」
――音源のやりとりはどのように?
「交換日記みたいな感じでやっていました。将太さんがアレンジして、投げたのに私がまた重ねてみたいな」
――例えば“エンドロール”みたいな曲で全部まとめるとかっていうのは、やろうと思えばできるんですか? それともあんまりそこに興味はないというか、あえてしていないのか。
「そうですね、全て“エンドロール”みたいな開けた感じというか、明るい雰囲気だけだと伝えきれないものがある気がしていて。陰りがある部分もあって、アルバムの中で明暗の両方が存在するほうがいいと思っています」
ジョン・フルシアンテとデヴィッド・ボウイの歌心
――そうですね。それがこのアルバムの面白いところというか、陰と陽が交っているんですよね。
「例えば、1曲目(“コミュニケーション”)は私ひとりで仕上げた曲なんですけど、あれはジョン・フルシアンテのファースト(『Niandra Lades And Usually Just A T-Shirt』)にかなり影響を受けていて、すごくパーソナルでどんどん自分の内側に入っていくような、それこそ陰のあるものを作ろうとしていたんです」
――フルシアンテのソロのどういうところに惹かれますか?
「彼の感じていることがあらわになっているところです。あのパーソナルな感じに惹かれますね。単純に彼の作るメロディーが好きというのもあるし。今回、ソロでアルバム一枚作りたいって思ったのは、彼のファーストがあったからなんです」
――ファーストはやっぱり特別?
「特別ですね。基本はアコギと歌で作られていて、めちゃめちゃ暗い。あれも宅録だと思うんですけれど、レッチリで商業的な成功も経験した人が、自分の心の発露のためにやっている音楽というか。私もそれと同じことをしたいと思ったんです。めちゃめちゃパーソナルな作品を私も作りたいと思った」
――資料にグラムロックっていうキーワードがあったんですけれど、昔から好きではあった?
「そうですね。デヴィッド・ボウイとかを結構よく聴いていて。曲のコード進行などはかなりボウイの影響を受けていると思います。特にこのアルバムに関しては『ジギー・スターダスト(The Rise And Fall Of Ziggy Stardust And The Spiders From Mars)』の感じかな。『スケアリー・モンスターズ(Scary Monsters (And Super Creeps))』とかの頃の感じも大好きですし。ボウイとジョン(・フルシアンテ)はジャンル的には遠いですが、あまり違いを意識せず、同じ重みを持ったものとして聴いていますね」
――結果的にでもいいんですけれど、全体を束ねるようなテーマとかキーワードとかがもしあるとしたらなんでしょうね?
「歌心、ですね。私の中では歌心が精神性と深くつながっているんです。それが全体を通してあると思いますね。ボーカルが入っていなくても、私の作るものは常にメロディーに重きを置いていて、歌心は常に大事にしています」

ピアノ作品にR&B志向、多彩に花開く音楽世界
――ライナーにもありますけれど、歌がある音楽とない音楽の間を行ったり来たりしていると思うんですけど、今はどういうモードですか?
「今はどっちも作りたいと思っていまして、もうすでに2枚目のソロアルバムの構想もあるんです。でも、それと並行して、大山田の方でピアノだけの曲を日々作っています」
――サティみたいな?
「そうです、まさに。ただ私はピアノが弾けないので、私が打ち込みで作曲したものをピアニストの方に弾いてもらうという、ちょっと変わった形で進めています」
――じゃあいろいろやりたい状態なんですね。いろいろやりたいし、いろいろできるっていう風になってきたと。じゃあ今回のアルバムの位置づけは? 出発点なのか経過点なのか、あるいは集大成なのかもしれないし。
「ずっと悩みながら音楽を作ってきた時期の集大成っていう感じかもしれないです」
――これからは楽しくやれそうですか?
「楽しいですね、すでに(笑)。バンドもやっていまして。The Halcyonという」
――あれは歌ものですよね? じゃあ、The Halcyonで歌ものをやりつつ、大山田で歌のないのもやりつつ、ソロの続編的なものもまだ期待できる?
「はい。実はソロ用の曲がもう数曲できていて。アレンジも、昔よりもできるようになったみたいで。次の作品の方向性も決まりつつありますね」
――でも、股下89と大山田とソロを同じ人がやっているっていうのはなかなか面白いですよね。自分の中にいろんな引き出しがあって、その都度開けているって感じなんですね。
「そういうイメージが近いかもしれないですね。いろんな音楽を聴くたびに自分の中でフォルダみたいなのができていって。で、そのフォルダのなかに一定の思いが貯まった時にプロジェクトとして立ち上げるというか」
――最近だとどんな音楽を聴いて、どんなフォルダができたと思いますか?
「ヒップホップ、R&Bをかなり聴いていまして。最近のR&Bの感じでトラックを作りたいなって思っています。次のアルバムに入れるつもりの曲は、そういう雰囲気のものが多いですね」
――オルタナティブR&Bみたいな?
「うん、そんな感じです。フランク・オーシャンが特に好きで。ザ・ウィークエンド? ああー、あれが好きかどうかっていうのは、結構分水嶺になりそうというか……。私はかっこいいと思うけど、あの人はポップスターじゃないですか。あそこまで(ポップには)やらないかなあ(笑)。それよりは、もうちょっと内省的な感じを出したいというか」
――なるほど。安島さん、フルシアンテ然り、内省的で陰りのあるものが好きなのかもしれないですね。
RELEASE INFORMATION


リリース日:2025年6月18日(水)
品番:Zouenkeikaku-046
フォーマット:配信/CD
販売価格:3,000円(税込)
Streaming:https://ultravybe.lnk.to/firstalbum
TRACKLIST
1. コミュニケーション
2. ドローイング
3. 骨拾い
4. おはよう阿片
5. 増殖
6. オールディーズ
7. 黙示録
8. エンドロール
LIVE INFORMATION
安島夕貴『第一音源集』Release Party
-原野商法#7-

2025年7月6日(日)東京・下北沢 LIVEHAUS
開場/開演:12:00/12:30
出演:安島夕貴/井手健介/狩生健志
Adv./Door:2,500円(+1D)/3,000円(+1D)
予約:https://forms.gle/ezfhU24RbQgbZ5c59
PROFILE: 安島夕貴
オルタナティブロックバンド股下89のボーカリストとしてキャリアをスタートさせる。その後、大山田大山脈名義で電子音楽家としての活動を開始し、3rdアルバム『Zolpidem』は〈RECORD STORE DAY〉でのリリースを経て話題となり、電子音楽シーンにその名を広く知らしめた。2024年にロックバンドThe Halcyonを結成。バンド内ではソングライティングの中核を担いながらも、大山田大山脈としての制作活動も継続している。そして、なおも尽きることのない創作意欲に導かれ、シンガーソングライター安島夕貴としての活動を本格的に始動させた。
造園計画とは
国内のあらゆるシーンから断絶した地点に、ひと掴みのアティテュードを造庭するインディペンデントレーベル、造園計画。エクスペリメンタル、宅録、即興、ポストパンク、ニューエイジなど、あらゆるジャンルを横断しているようで始めからそんなものとは無縁なそれぞれの〈実感〉だけを拠り所とする。これまでに帯化、大山田大山脈、野流、揚、fyyy、織川一、安島夕貴、円午のリリースを手がけている。帯や水引で装飾されたカセットテープ、マルチプル仕様の8cm CD、河原で拾った石(DLコード付属)など、フィジカル制作のプロダクションにも独特な熱量で打ち込んでいる。また2024年にはディスクユニオンでポップアップショップを開催し、店内に竹垣や木魚を設置するなど、その熱量はとどまるところをしらない。
