
ガレージロックからヴィンテージソウルへ、バディ・マイルスのような歩み
台湾の音楽事情に明るくない筆者は、Brien氏から連絡をもらうまでYufuがどんな経歴を持つアーティストなのか寡聞にして知らなかった。
本名はチェン・ユーフー(陳郁夫)。〈台湾のソウル/ファンクアーティスト〉 と紹介されるが、もともとはCROCODELIA(鱷魚迷幻)というサイケなガレージロックバンドのギタリスト兼ボーカリストで、リーダーも務めていた。CROCODELIAは日本発の3人組女性バンド、KUUNATICとのスプリットEPも発表し、来日公演も行っていたという。その後、YUFU & The Velvet Impressionismという60〜70年代のヴィンテージなソウルやファンクを追求するバンドを組み、2020年にアルバム『Is It Vain To Be Awake?』を発表する……という情報はすべて後から知った。
これらを経てソロ活動をスタート。ソロとしての作品は今回のアルバムが初めてではなく、本人いわく「フレンチソウルのスタイル」というEP『To My Penpal』を2021年に自主リリースしている。この後、2023年には、台北のスタジオで行ったライブセッションを「CINEMAPHONIC Live Sessions」としてYouTubeなどで公開。『Heal Me Good』までの道筋を辿ることができるライブ映像だ。
近年レトロ〜ヴィンテージソウルと呼ばれている〈本物以上に本物っぽく〉再現されたソウルミュージックは、ヒップホップもしくはインディロックから出発した若手ミュージシャンたちによって作られたものが多いが、ガレージロック系のバンドからスタートしたYufuもその流れにあると言える。
それにしても、なぜこれほどまでにソウルミュージックに惹かれたのか。今年3月に公開されたSpincoasterのインタビューによれば、Yufuは両親の影響で幼少期から60年代のドゥーワップや70年代のソウルを聴いていたという。英語教育に厳しい両親のもとで育ち、英語以外の曲を聴くことを禁じられていたそうで、英語の発音や発声がネイティブを思わせるのもそうした環境のおかげなのだろう。信心深い親のもとでゴスペル以外の曲を歌うことを禁じられて育ったR&Bシンガーが並外れた歌唱力を備えているのと同じ理屈だ。
が、周囲にはソウルミュージックを聴いている人がほとんどおらず、妥協点を探るような形でブルース系のロックバンドを目指して始めたのがCROCODELIAだったという。サイケデリックなロックからソウルへと行き着いたあたりは、ジミ・ヘンドリックス率いるバンド・オブ・ジプシーズのドラマーを経てジョニー・ブリストルの制作でソウルシンガーとしてのアルバムを出したバディ・マイルスの歩みを思わせなくもない。

〈1974年の音〉を血肉化したアルバム
1968年から1975年のソウルミュージックを好んで聴いてきたというYufuが、今回ソロ名義での初アルバム『Heal Me Good』で目指したのは1974年のサウンドだ。1974年といえば、フィリーソウルやマイアミソウルがシーンを賑わし、ディスコブームの兆しが見え始めた時期。ベトナム戦争の重い空気を引きずりながら明るさや癒しを求めようとしていた時代で、サイケデリックソウルやニューソウルの緊張感を残しつつメロウでグルーヴィーな音を奏でるシンガーソングライターたちの活躍も目立った。1974年に絶頂期を迎えたジョニー・ブリストル、バリー・ホワイト、ウィリー・ハッチ、リトル・ビーヴァーなどは、その象徴的な存在だろう。ブラックスプロテーション(映画)のサントラブームも続いており、そうした音楽で多用されていたワウギター、エレキシタール、リズムボックス、クラビネット、ホーンなどの音色が時代のムードを醸成していた。
Yufuの音楽は、そうしたサウンドや空気感を見事に掬い取っている。ブラックパワーを叫びつつ愛と癒しへと向かっていた時期のソウルミュージック。そんな時代の気分を、愛とドラッグが持つ癒しと苦痛の二面性と重ね合わせ、〈大切な誰かに対する深い感情を呼び起こす心の動きを表現した〉のが『Heal Me Good』となる。
アルバム表題曲の“Heal Me Good”は、6月にKissing Fishから”Honey If You’re Extra”とのカップリングで7インチ化もされたが、Yufuがギターに加えてフルートも演奏したというこれも緊張感とヒーリング要素が入り混じる1974年らしいメロウなグルーヴが芳しい。この曲を初めて聴いた時、筆者はジョニー・ブリストル的なムードとともにボビー・ウィルソンの“Don’t Shut Me Out”を連想し、その旨をマニア根性丸出しでXにポストした。するとYufu本人から〈“Don’t Shut Me Out”は知らなかった。確かに同じ雰囲気を持っている。なんて嬉しい偶然!〉とリプライがきた。ボビー・ウィルソンの曲は1975年にブッダから出されたアルバム『I’ll Be Your Rainbow』に収録。誰もが知っているというほど有名ではないがモダンソウルの文脈で人気が高く、1974~1975年のムードを象徴するような曲だ。つまりYufuはボビーの曲を知らずに似た雰囲気のオリジナルソングを作っていたわけで、1974年のサウンドや空気感を楽曲単位というより総体として捉え、血肉化しているのだった。
「ブルース&ソウル・レコーズ」のウェブサイトに掲載されたJimmie Soul氏(Yufuと親交のあるラジオパーソナリティ)によるインタビューでは、録音自体はデジタルで行ったが、録音するときにヴィンテージのコンソールを通したことで独特の(1974年的な)色合いが出たとも話していた。