白井貴子が〈ロックの女王〉と呼ばれた80年代を振り返る!!

 日本のロックが黎明期から成長期へと移る80年代のシーンの中で、白井貴子の名前は決して外すことはできない。特に〈白井貴子 & THE CRAZY BOYS〉名義の3枚のアルバムは、当時の女性アーティストとしては先進的な、すべてのアレンジとプロデュースをみずから手掛けた作品であり、いまも色褪せない金字塔だ。その価値を再発見すべく、2023年にはアルバム『Flower Power』(85年)がリマスター仕様のアナログ盤として登場。そして今回、86年の『Raspberry Kick』が高音質のBlu-spec CD2仕様、さらに初出のライヴ音源を加えてリイシューされる。

 「すごく思い入れのあるアルバムです。あのハード・スケジュールの中でよくやったなというのが正直な気持ちですけど、誠心誠意、オリジナリティー溢れるものを作りたいとがんばっていたことには間違いないです」。

白井貴子 & THE CRAZY BOYS 『Raspberry Kick』 Sony Music Direct(1986)

 86年はまさに白井貴子の絶頂期。1月に日本武道館、ロンドンに渡っての海外初ライヴ、そして4月に『Raspberry Kick』をリリースし、夏には西武球場ライヴを開催と、栄光への階段を一気に駆け上がる。端から見ると順調そのものだが、実は内面の葛藤に苛まれながらの全力疾走だったという。

 「いまだからこそ言えるんですけど、ものすごく貪欲な男の人たちが私の周りに集まってくれて、彼らの〈日本の新しい音楽を作りたい〉という強い思いがあったから、あそこまでやれたんだと思うんですね。私は私で〈女だから〉と言われたくない気持ちがありましたし、〈私のオリジナルで勝負する!〉という気持ちが強かったので、この時代としては相当個性のあるやり方をやっていたんだと思います」。

 当時のTHE CRAZY BOYSのメンバーは、南明朗(ギター)、本田清巳(ギター)、春山信吾(ベース)、片山敦夫(キーボード)、河村智康(ドラムス)。春山は惜しくも2022年にこの世を去ったが、現在は岡部晴彦が加入。第一線で活躍中の頼れる名プレイヤーたちが、現在もライヴで白井を支え続けている。

 「いまはみんな、スーパー有名人(笑)。想像以上に活躍されていて! 演奏を聴いてもらうとわかるんですけど、THE CRAZY BOYSは正統派のロック・バンドで、真面目だし、とにかくがむしゃらにやっていたと思います。アレンジは大体ヘッドアレンジ(口頭で伝える方法)。私はビートルズを聴いて育っているので、まさにビートルズみたいな感じで作っていましたね」。

 「日本のどこにもない、ポップで楽しいアルバムを作りたいと思っていた」――そう語る『Raspberry Kick』は、いまも代表曲として人気を集める“Next Gate”や“Raspberry Gun”、化粧品のCMソングとしてヒットした“PRINCESS TIFFA”など、尖ったロックと親しみやすさが融合したヴァラエティーの豊かさが最大の魅力。さらに今回ボーナス・トラックとして収録される約31分の未発表ライヴ音源は、86年12月、神宮球場で開催された〈JAPAN AID〉出演の前夜祭として行なった渋谷YAMAHA Doin’での演奏を録音したもの。イギリスのBBCでも放送された、この幻の音源が発見されたのは2025年になってからで、発見の経緯は彼女自身が執筆したライナーノーツに詳しいが、代表曲“今夜はIt’s Alright”やビートルズのカヴァー“Oh! Darling”などを含む、バンドの熱演と観客の熱狂を素晴らしい音質でリアルにとらえた、まぎれもなく一級品のドキュメントだ。

 「聴いた瞬間の衝撃が凄くて、まさに〈バック・トゥ・ザ・フューチャー〉でした。ここに40年前の私たちが本当にいるんじゃないか?という感じで、〈若さとはこのことだ〉という迫力がありますし、自分のことながら勢いが凄いなと」。

 2026年の1月24日には、〈Raspberry Kick再現ライブ! & SDGsカーニバル〉と題して、アルバム完全再現と現在の彼女のライフワークである社会活動とをミックスさせたライヴがKT Zepp Yokohamaで開催予定。激動の80年代から2020年代へ、同じ時代を生きたファンはもちろん、新しいリスナーにもその音とアティテュードは受け継がれてゆく。白井貴子はいまもロックだ。

 「この頃の作品――『Flower Power』や『Raspberry Kick』を聴くと、懐かしいということとはちょっと違って、古さを感じさせない曲が多いんですね。〈歌謡曲のエッセンスがないとベスト10に入れない〉と言われた時代に、子どもの頃からロックを聴いて、ビートルズ、デヴィッド・ボウイ、T・レックスとかが好きだった自分が、ヒット曲を求める周りの人たちと板挟みになって、疲れ果ててしまい、88年にロンドンに行った。そして、改めて〈日本人であること〉を発見して帰って来るんですけど、そこに至る葛藤が詰まっているから、古さを感じさせないのかもしれない。こうやって過去の作品を紐解いて聴いてもらえるだけで幸せですけど、できればその後のアルバムも聴いていただけると、なぜいまの私があるのかをわかっていただけると思います」。 *宮本英夫