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ショパンもシューベルトも聴いている人に語りかけるような演奏を心がけたい
――エリック・ルー
2025年10月ワルシャワで開催された第19回ショパン国際ピアノ・コンクールは、アメリカ出身のエリック・ルーが優勝の栄冠に輝いた。彼は2015年に17歳で同コンクールに初参加し、第4位入賞を果たしている。今回は再挑戦で第1位を手にした。
前回のショパン・コンクール後、2018年にはイギリスの著名なリーズ国際ピアノ・コンクールでも優勝を果たした。2019年8月にはベルリンでショパンの作品を録音し、2022年1月にはシューベルトのピアノ・ソナタを録音。待望の新譜は、「シューベルトがもっとも心に近い」と語る彼の美質が凝縮したシューベルト『即興曲集』である。
「最初に録音したシューベルトのソナタは、イ長調とイ短調という調性を考慮して選曲しました。若くして死を意識し、苦悩、悲劇、心の叫びなどを曲に投影した思いが伝わり、胸が熱くなります。以前、内田光子さんとシューベルトについて話をしたのですが、彼女は深い愛情と長い時間をかけてシューベルトと対峙していることがわかり、演奏もすばらしく、私は涙がこぼれてしまったほど。彼女の即興曲も本当に美しい。私もああいう聴き手の心に響く演奏を目指したいですね」
エリック・ルーは前回のショパン・コンクールで“24の前奏曲”全曲、今回も抜粋を演奏しているが、ショパンのアルバムでは“24の前奏曲”全曲を収録。ひとつのストーリー性を備えた演奏を披露し、24曲をある種のドラマのように描き出している。
「前奏曲はショパンのすべてが含まれています。15歳のときにこの曲集に出会い、即座に恋に落ちました。恩師のダン・タイ・ソンからショパンはうたうのではなく語らせることという教えを受け、親密的で静謐で語りかける演奏を目指しています。語るというのは、とても繊細で緻密で深い響きが必要。あたかもそばで人が聴いているような感覚です」
シューベルトも心から愛する作曲家だ。
「シューベルトはもっとも自分の心に近い作曲家のひとりで、ソナタ第20番の第2楽章は人間の一番暗く悲しくやるせない感情が映し出され、第4楽章は純粋で草原にいるかのような晴れ晴れしさがあり、その前の苦悩がなかったかのよう。でも、暗さを知っているからこそ美しさと希望が際立っている。最近シューベルトの歌曲集“白鳥の歌”をバリトン歌手のベンヤミン・アップルと共演しましたが、そのなかで多くを学びました。歌手と共演すると、シューベルトの偉大さと奥深さ、歌詞と音楽との連動がよく理解できます」
エリック・ルーは、シューベルトの“即興曲”作品90と作品142をずっと録音したいと切望していたという。
「これらの曲ひとつひとつにシューベルトの魂が宿っている感じがするのです。私はショパンに限らず、シューベルトも聴いている人に語りかけるような演奏を心がけたいと考えています。ショパン・コンクールに初めて参加した翌年、18歳のときから、まず作品90の1曲目からじっくり取り組みたいと考え、深く掘り下げてきました。シューベルトはすばらしい歌曲を数多く書きましたが、ピアノ作品でも歌心の奥に親密的な語りが感じられる。それを自分なりに研究し、長年かけて練習を重ね、録音に臨んだのです。この8曲にはシューベルトのエッセンスが凝縮され、ピアノ音楽の偉大な宝石とも呼ぶべき曲集になっています。深々とした情感と多種多様な表現を極めたいと思っています」
なお、『熱狂のショパン・コンクール・ライヴ2025』が早くもリリースされ、コンクール時のエリック・ルーの集中力と緊迫感にあふれるショパンに触れ、特有の抒情的で静けさあふれるピアニズムにコンクールの演奏であることを忘れ、純粋に音楽に酔うことができる。彼は誠実で謙虚で心温かな性格の持ち主。そのすべてが演奏に反映し、聴き手の心をゆったりと潤していく。
エリック・ルー(Eric Lu)
2018年、20歳でリーズ国際ピアノコンクールに優勝。翌年、ワーナー・クラシックスと専属契約を結び、2021年にはエイヴリー・フィッシャー・キャリア・グラントを受賞。以来、世界の一流オーケストラとの共演や主要ホールでのリサイタルなど国際的な活動を続けている。カーティス音楽院ではロバート・マクドナルド、ジョナサン・ビスに師事。また、ダン・タイ・ソンの弟子でもあり、内田光子、イモージェン・クーパーの薫陶も受ける。現在はベルリンとボストンを拠点に活動している。
