シンガーソングライターの圭菜代(かなよ)が初のフルアルバム『Fairytale』を完成させた。本作は、幻想的なムードを纏いながら人肌の温もりも持つ彼女の歌声を、存分に味わうことができる作品となっている。香川から北欧、ポップスからポストクラシカルまでを繋ぐ新星の1stアルバムを、ライターの井草七海に聴き込んでもらった。 *Mikiki編集部
香川生まれの圭菜代と北欧音楽の親和性
〈おとぎ話の妖精は大人になると見えなくなる〉という言説は、想像や空想に浸るための余裕をなくしてしまうことの寓意でもあるのだろう。いかんせん、昨今の情報の多さである。〈生成AIを悪用したフェイクではないか〉などと常に疑いながら世界を眺める時代にあって、妖精の存在を信じるような心の余白を持っていてはすぐさまつけ込まれてしまうのが定めだとしたら、やはりそれは寂しいことだ。
ところで、極めて個人的な話になるが、かつて筆者が明確にその〈心の余白〉を求める目的で旅行した場所が2カ所ある。アイスランドのレイキャビクと、香川の島々だ(正確にはそこを拠点に他の場所にも足を伸ばしているのだが)。もし記憶に残る旅先を聞かれたら、筆者は真っ先にその2カ所を挙げるだろう。
なぜそんなことを思い出したのかというと、この新進シンガーソングライター、圭菜代が香川県出身であるということ、そして彼女が北欧のオルタナティブミュージックやポストクラシカルに影響を受けているという事実が、筆者にとって偶然ではないように思えたからだ。
海、山、森。古時計が刻むような時間の流れ。土地を生かした、自由なアート。風土自体は全く異なるものの、いずれも東京からやってきた身としてはスマホを手放して、自然の包容力や強さを感じながら同時に自らの心象のうちに〈静かに満ちた余白〉をつくっていけるように思えた場所だ。もちろんそういった場所に育ったことが、どのように彼女の表現に影響したのかは定かではないものの、彼女のバックボーンは、北欧の音楽に少なからず親和性があるように筆者個人には感じられた。そして彼女の初アルバムとなる『Fairytale』=おとぎ話というコンセプトが生まれたことにも。
2020年ごろから音楽制作を始めたという圭菜代。ピアノと歌で紡ぐ世界観は、静謐であるとともに豊かな想像力に満ちている。この『Fairytale』は短篇集のような作品を目指したそうだが、本人の歌唱、ピアノ、そしてチェロとコントラバスだけで構成され、アレンジ自体には大きな幅があるわけではないにもかかわらず、1曲ごとに表紙の古い童話の本をめくるような景色が変わる感覚が確かにある。
ジャンルとしてはポストクラシカル、と呼ぶのが一番妥当だとは思うが、叙景的で劇伴的でもあり、余白をたっぷりと取った空間の中で、まっさらな子供のような気持ちで想像に浸ることができるように思う。素朴さと壮大さをも携えたピアノは、遠く忘れ去られたような物悲しさを湛えたストーリーを語り、チェロやコントラバスの叙情的な低音は、胸の奥に眠っている記憶を呼び起こしながら力強い大地の力を感じさせもする。それこそ、ヨハン・ヨハンソンやオーラヴル・アルナルズなど、アイスランドのポストクラシカル/前衛アーティストとも隣り合っている印象で、個人的にはJFDRとの親和性を最も強く感じた。
