
琵琶は魂や歴史を背負わないと音が鳴らない
――それで、日本の音楽に目覚めたきっかけというのは?
「ああ、そうでしたね(笑)。いい質問です。自分はロンドンに4回ぐらい行ったのですが、最後に行ったとき、音楽活動を開始したくてメンバーを集め、バンドを結成して練習に励んでいました。そして、自分は西洋人である彼らのようになりたくてずっと音楽をやってきたのですが、ある日、これは違うんじゃないか?と、ふと思ったんですね。
というのも、彼らに〈日本にはギターみたいな弦楽器はないのか?〉とか質問され、琵琶の説明を多少はしたんですけど、私自身、琵琶がどういうものかを詳しくは知らなかったんです。戦後の日本は、伝統的なものを捨て、アメリカナイズを目標に勇往邁進することが我々の原点であったわけで、そのなかでも特にアメリカナイズされた自分がイギリスにやって来て、最終的に気がついたのが、日本古来の伝統文化は大切なのではないか?ということでした。
それと、もう一つ私の人生を変えた大きなきっかけがあるんです。バンド練習のブレイクのとき、ランチにハンバーガーやホットドッグを買ってみんなで食べていたのですが、メンバーのうちの1人はそうせず、腰にぶら下げた缶を開けて何かわからないものを食べていたんですね。その中身は、玄米チャーハンだったんです。〈変なやつだな〉と思っていたら、ある日、彼が1冊の本を私の前に置いて、〈これを読んだほうがいいよ〉と言うんです。それが、桜沢如一さんがジョージ・オーサワという名前で書いたマクロバイオティクスの本でした。
それがきっかけで、日本に帰ってから桜沢さんの本にハマって。彼の理論は、食べ物のことだけじゃなく宇宙の法則が原点なんです。〈素晴らしい考え方だ。これしかない!〉と思って、実家で〈今夜はすき焼きだ〉という日に〈私が牛肉を食べるのはこれが最後だ〉と宣言し、それ以来一度も牛肉を口にしたことはありません。
その後、マクロバイオティクスにハマったのと同時に、琵琶のことが気になって四方八方調べたところ、平山眠水さんという琵琶の巨匠が伊東にいらっしゃることを知り、連絡したところ、〈ぜひいらしてください〉という嬉しいお言葉を頂き、お伺いしていろいろとお話しさせてもらったんです。でも、眠水さんには〈自分はもう年だ。娘の万佐子がいま邦楽界の第一線で活躍しているから、万佐子と話してくれ〉と言われて。
それで万佐子さんに相談したところ、〈琵琶は喜多嶋さんに無料でお教えしますから、洋楽に弱い私にはギターを教えていただけますか?〉と交換条件を出されたんですね。その後は1年半ほど伊東に通い、大師匠の眠水さんとは行くたびに2人で温泉に浸かり、万佐子さんからは琵琶をご教示いただき、私は琵琶を習得することができました」
――琵琶とギターとではぜんぜん違いますよね。
「万佐子さんはギターを中途で諦めてしまいました(笑)。『弁才天』には“不磨”というライブで録音した曲が入っていますけど、あの素晴らしい琵琶は万佐子先生の演奏です」
――喜多嶋さんは、やっぱり琵琶のサウンドに惹かれたんですか?
「サウンドももちろんありますが、琵琶だけでなく和の世界というのは〈魂〉と関係しているんですよ。スピリットを背負うというか、それを天から頂いてその世界と一体にならないと音が鳴らないんです。ギターやピアノだったらすぐに音が出るわけですが、琵琶などの多くの和楽器は、その楽器の魂や歴史みたいなものを全部背負って、ある意味、瞑想の境地に至らないと本来の音は鳴りません。
たとえば、万佐子さんがテレビに出て、オーケストラのなかで琵琶を演奏していたこともよくありましたが、そういうときのフレーズは本来の伝統音とは違います。あと、たまたま万佐子先生が忙しくて、私がトラ(代役)でNHKの仕事に行って、琵琶を譜面どおりに弾かず、本来の伝統琵琶のスピリットを素晴らしく表現するような演奏をしたら、指揮者の方に大声で〈楽譜に書いてあるとおりに弾け!〉と怒られちゃいましたね。で、私が〈ちょっとこのフレーズは、ここには相応しくないと思うんですけど……〉と言うと、〈生意気なことを言うな!〉ってまた怒鳴られて、私は〈はい、わかりました〉と頭を下げ、琵琶をケースにしまい込んで〈それじゃ、失礼します〉と言って、すぐにスタジオから去ってしまいました(笑)。そんなこともありましたね。琵琶をわかっていない方が書いたパートやフレーズはお話になりませんね」