2011年に起きた東北大震災の支援プロジェクトとして2013年から始まった〈ルツェルン・フェスティバル アーク・ノヴァ〉音楽祭は、今回の福島での開催を最後に終了した。「心の復興」支援が謳われ、約500人を収容する移動式のホール「アーク・ノヴァ」(新しい箱舟)が訪れたのは、松島、仙台、そして福島の三箇所。今回、福島での公演のひとつを聴いた。
福島駅からローカル線を乗り継いで20分。彫刻家アニッシュ・カプーア氏の「リヴァイアサン」と名付けられた作品の旧約聖書の怪物に由来する外観の「アーク・ノヴァ」が突如、姿を現わす。ホールの内側は同氏の作品「マルシュアース」(こちらはギリシア神話の登場人物)を配置したかのようなチューブ状の柱(?)が目を引く。まるでファンファーレを奏でる巨大なトランペットのような形状だ。内壁は赤く、それはマルシュアースがアポロンの音楽の戦いに敗れ、その報いとして流した血の色だろう、外観のイメージと相まって怪物の心臓の中にいるようなそんな感じがする。 カプーア氏と建築家の磯崎新氏が造り上げた古代神話が伝える「再生」のメッセージを今に、鼓動として伝えようとしているのだろうか。この心臓の鼓動それがここでの音楽の意味なのかもしれない。
そんな空間は、これまで様々なジャンルからの出演者の思いによって動き、地元の聞き手に希望を送りつづけた。今回も連日、11日間にわたってワークショップやコンサートが開催され、このプロジェクトの開催を呼びかけ、支援してきたルツェルン祝祭管弦楽団からソリスト達や、日本の様々なジャンルの音楽家、オーケストラが参加した。
私が見た10月30日(金)は、〈ルツェルン祝祭管弦楽団 首席トランペット奏者 ラインホルト・フリードリッヒと仲間たち〉と題され、管楽器のアンサンブル、ソロなどのレパートリーを中心にした公演だった。15時開演ということもあって会場には中学生、小学生の姿も多かったが、連日観にきているという高齢の方々が「あんた今日もきた?」と楽しそうに声をかけあっているのがとても印象的だった。この日の公演を締めくくったのはヤナーチェクの『カプリッチョ』、ピアノ(左手)と管楽器のための作品で、副題に『反逆』あるいは『挑戦』がつく。大戦で左手を負傷したピアニストからの依頼がきっかけで作曲された作品は、傷付いた人々、被災した人々を鼓舞するファンファーレなのだと、ラインホルト氏は演奏を前に語った。
ピアノのほかにフルート、トランペット(2)、トロンボーン(3)、そしてテナー・チューバがステージに並ぶ。ヤナーチェクらしい響きがホールを包む。それぞれの楽器にそれぞれソロのステートメントがあり、ひとつひとつの楽器が同等に扱われているように聴こえた。それぞれ等価配分された仕事がうまくいってはじめてこの曲の良さが聴こえてくる。挑戦に加えて、協業というメッセージが聴こえてきた。ホールの外には、除染作業中を示す看板が立つ。人も土もまだまだ完治には遠いが、「アーク・ノヴァ」の天井をずっと見続ける子供の残した「毎日ガレキばかり見ていたから、余計にこの空間が不思議で楽しい」(日本文教出版「心の復興を支える アーク・ノヴァ」より引用)という言葉は、支援に関わる人々の心を鼓舞し続けるはずだ。