2013年に初作『NEW ROMANCER』を発表後、2015年にはセカンド・アルバム『邪宗門』とミニ作『蠅になろう』をリリースし、今年の春に発表した『ROMANATION』では吉田達也をゲストに迎えて話題になったFOXPILL CULT(以下FPC)。その快進撃は続き、このたび3作目となる『HOMO DEMENS MAN』をドロップした。
ゴスにプログレ、メタル、パンク、さらにブラック・ミュージックなど、さまざまな要素を引き寄せては散りばめ、メロディアスに疾走する――その姿勢は彼らを喩える〈ポスト・ニューウェイヴ〉と言えそうだ。リーダーの西邑卓哲はミュージック・ビデオをはじめとするバンドのアートワークや劇団〈虚飾集団廻天百眼〉の音楽監督を務めるなど、アート方面とも行き来しながら、メンバーそれぞれが持つ音楽的ルーツを〈ニューウェイヴ〉な精神で彼らならではの音楽に昇華させていく。果たしてそのメンタリティーとは? その音楽的背景に加えその艶やかなルックスも4人4様な彼らの中に息づく想いを、メンバー全員にインタヴューした。
自分のロックを作ろう
――FPCはすごく個性的なバンドであると同時に、まだまだいろいろなことをやりたい人たちなんじゃないかと。
西邑卓哲(ヴォーカル/ギター/パーカッション)「そうですね。確かに」
――編成も独特ですよね。ベースがいなくてピアニカがいる(笑)。
西邑「最初は僕がひとりで、打ち込みと歌でやっていたんです。ラッパーがトラックをかけてやっているような感覚で。それからピアニカのプエルを誘って、試行錯誤していくなかでだんだんバンド色が強くなっていきました」
――いまのメンバーが揃ったのは?
プエル(ヴォーカル/ノイズ/ピアニカ/パーカション)「今年の頭です」
西邑「バンド自体は2010年に始まりました。以前僕がやっていたバンドがロックンロール寄りの女性ヴォーカルのバンド※1で、その流れでFOXPiLL※2が結成されたんですが、2011年に東日本大震災があって活動停止になった。〈このまま音楽をやり続けていいのか?〉とか、やっぱりいろいろと考えたんですよね。でもやろうと決めて。これが最後のバンドだという想いもあって、始めたんです」
※DARKSIDE MIRRORS。シーナ&ロケッツの鮎川誠とシーナの2人の娘を擁する4人組で、2009年に活動休止
※FOXPILL CULTの前身バンドで、こちらは鮎川とシーナの三女がヴォーカル
――それまでとは違うことをやろうと?
西邑「それよりは、ほかとは違うことというか。ずっとやってきたこととは繋がっていると思うんですが、自分たちならではのことをやろうと」
――メンバーは、もともと何か理想があって集めたんですか? それとも人が集まってからやりたいことが見えてきた?
西邑「(前身バンドの)FOXPiLLよりさらに前の話なんですが……サビがないような、ストイックでシャープな楽曲をやるバンドをいくつかやっていたんですね。そういう音は好きなんですけど、でも形が出来ていくにつれて、できない音楽もどんどん出てきて。スタイルがはっきりしてくると、同時にスタイルが限定されてきてしまった。周りからもそれを求められるし、自分たちも応えようとしてしまう……。自分たちで自分たちのスタイルを狭めてしまっているんじゃないかと、窮屈さをちょっと感じていたんです。もっと自由にやっていいんじゃないかと。それが〈ロックじゃない〉と言われるんだったら、俺は反抗して自分のロックを作ろうと思った。聴いてきたルーツを踏まえたうえで、もっと自由にできないかと。そんな気持ちから始まって、結果こういうバンドになりました(笑)。だからメンバーはジャンル関係なく、この人とやりたい、と思った人ばかりなんです。それぞれが違った音楽のルーツを持っているし」
――それぞれの音楽の採り入れ方が独特ですよね。各々がバンドに入った経緯を教えてください。
プエル「西邑くんとは昔からの知り合いだったんです。20才前後の頃、一緒に即興のスカム・バンドをやっていて」
――へえ。
プエル「当時2人ともピクシーズが好きでね」
西邑「そうそう、ディアフーフとか。あとポスト・ロックが好きでしたね」
プエル「それで久しぶりに(西邑から)連絡が来て。〈一緒にやらない?〉〈やろうか。でも俺、何やるの?〉って(笑)。というのも、俺はいわゆる〈バンドの楽器〉はあんまりやってきていなくて……」
西邑「最初はヴァイオリンで参加しようとしていたもんね。全然弾けないのに(笑)。スタジオにもいろいろな楽器を持ってきて、アンプのヴォリュームを全部MAXにして、それでも音量が足りないからマイクで拾おうとするんですよ。昔ノイズをやっていたこともあったんですが、性格がノイズの人には勝てないなと思いました(笑)。とにかく僕の常識にはないことをやる人で」
――もうジャンルから解き放たれるどころか……。
西邑「人間として解き放たれている(笑)」
プエル「俺、そうだったんだ(笑)! まあ、いろいろな楽器を試しましたね……角笛とか」
西邑「角笛はねえ、単音で〈ヴォーーン〉って……どうすんだ?という感じで(笑)」
プエル「ピアニカはそういう意味じゃ社会性のある楽器ですね(笑)」
Shinpei Mörishige(シンセ/ギター)「プエルは想定外のものを見せてくれるので、自分が持っていたつまらないカテゴライズを取り壊してくれるんです。ヴォーカル、ギター、ベース、ドラムがバンドのフォーマットだとどこかで思い込んでしまうけど、そんな思い込みがいかに無意味かと教えてくれたんですよ」
Boo(ドラムス)「プエルさんはまさに〈想定外〉な人なんですが、音楽的なセンスがすごくあって。いつもいいアレンジをしてくる」
プエル「なんか俺、すごい(笑)」
西邑「音楽もたくさん聴いているしね。エチオピアン・ファンクとか、その国の周辺のことも教えてくれたり、〈こういうエチオピア人がいてね〉みたいな……なんで知り合いなんだろうと思うけど(笑)。たぶん彼は感覚でいろいろなことをキャッチしているんだと思うんです。だから僕らに話すときも感覚的というか、押し付けがましさが全然なくて」
――そんなプエルさんが強く影響を受けた音楽は?
プエル「初めはやっぱりポスト・ロックなんですけど、いろいろ聴いてきて……もしかしたら音フェチなのかもしれないです」
西邑「打楽器もやるもんね」
――いろいろ出てきそうですね(笑)では、BooさんとMörishigeさんがFPCに加入したいきさつは?
Boo「去年、とあるセッション・ライヴがあって、そこに西邑くんからパーカッションで参加しないかと誘われたんですね。そのときはメタル・パーカッションで参加したんですが、それからしばらく経ってからドラムを探してるということで、ドラムも叩けるらしいからと誘ってもらっいました」
西邑「知り合った頃、Booは打ち込みを使って歌っていて。ドラムも叩けるとは思っていなかったんです」
Boo「10年以上前は(ドラムを)やっていたんですが、その頃以来で。いま必死に練習しながらやっています(笑)。ドラムを担当していた当時のバンドでは、パンクやハードコアをやっていました。ディスチャージやエクストリーム・ノイズ・テラーとか、そういうのが好きでしたね。あとはニュー・スクール・ハードコア」
――激しい(笑)!
Boo「とにかくハードなものが好きで、ガーッとやっているうちになぜかひとりになっちゃった(笑)。それで打ち込みを始めて。だからFPCみたいなバンドは初めてなんです。とにかくいろいろなことをやるバンドだから、すごく勉強になるし刺激的。新しいことにチャレンジしてもいいんだな、と思わせてくれるバンドですね」
Mörishige「西邑さんがFPCを立ち上げた頃、僕はPLASTICZOOMSというバンドのメンバーでした。そのバンドもニューウェイヴ色が強い時期で、僕は4年くらいバリバリ活動していたんですが、脱退してからは休んでいたんですね。その間にもいくつかお誘いをいただいていて、そのなかでも僕の心を震わせてくれたバンドがFPCだった。もともと刺激的な存在だったし、声を掛けてもらって、ぜひ一緒にやりたいなと」
西邑「最初はゲスト参加という感じでね。ひと夏だけの」
プエル「それが終わらない夏になった(笑)」
Mörishige「音楽的には、僕はニューウェイヴしか知らないんです。思春期に一番聴いたのがLUNA SEAとL’Arc-en-Cielで、そこから彼らのルーツを辿っていくと、ジョイ・ディヴィジョンやバウハウス、スミスなんかの、イギリスの70~80年代のニューウェイヴで。同時代にアメリカのMTVを賑わせていたマドンナやプリンスも好きで、リアルタイムではありませんが、やっぱり80sのカルチャーに強く影響を受けていますね」
――それがFPCに入ったら、もっといろんな音楽があった。
Mörishige「そうなんです。僕が好きな音楽はひとつの要素に過ぎなかったんだなと。そしたらますますこのバンドでやってみたくなりましたね」
――実にいろいろなジャンルが飛び出てきますが、そのジャンルに自分たちが向かうというより、その要素を自分たちに引き寄せるという感じでしょうか。
西邑「そうですね。選択していくというか」