(左から)Boo、プエル、Shinpei Mörishige、西邑卓哲
 

2013年に初作『NEW ROMANCER』を発表後、2015年にはセカンド・アルバム『邪宗門』とミニ作『蠅になろう』をリリースし、今年の春に発表した『ROMANATION』では吉田達也をゲストに迎えて話題になったFOXPILL CULT(以下FPC)。その快進撃は続き、このたび3作目となる『HOMO DEMENS MAN』をドロップした。

ゴスにプログレ、メタル、パンク、さらにブラック・ミュージックなど、さまざまな要素を引き寄せては散りばめ、メロディアスに疾走する――その姿勢は彼らを喩える〈ポスト・ニューウェイヴ〉と言えそうだ。リーダーの西邑卓哲はミュージック・ビデオをはじめとするバンドのアートワークや劇団〈虚飾集団廻天百眼〉の音楽監督を務めるなど、アート方面とも行き来しながら、メンバーそれぞれが持つ音楽的ルーツを〈ニューウェイヴ〉な精神で彼らならではの音楽に昇華させていく。果たしてそのメンタリティーとは? その音楽的背景に加えその艶やかなルックスも4人4様な彼らの中に息づく想いを、メンバー全員にインタヴューした。

FOXPILL CULT HOMO DEMENS MAN ROMANATION(2016)

 

自分のロックを作ろう

――FPCはすごく個性的なバンドであると同時に、まだまだいろいろなことをやりたい人たちなんじゃないかと。

西邑卓哲(ヴォーカル/ギター/パーカッション)「そうですね。確かに」

――編成も独特ですよね。ベースがいなくてピアニカがいる(笑)。

西邑「最初は僕がひとりで、打ち込みと歌でやっていたんです。ラッパーがトラックをかけてやっているような感覚で。それからピアニカのプエルを誘って、試行錯誤していくなかでだんだんバンド色が強くなっていきました」

――いまのメンバーが揃ったのは?

プエル(ヴォーカル/ノイズ/ピアニカ/パーカション)「今年の頭です」

西邑「バンド自体は2010年に始まりました。以前僕がやっていたバンドがロックンロール寄りの女性ヴォーカルのバンド※1で、その流れでFOXPiLL※2が結成されたんですが、2011年に東日本大震災があって活動停止になった。〈このまま音楽をやり続けていいのか?〉とか、やっぱりいろいろと考えたんですよね。でもやろうと決めて。これが最後のバンドだという想いもあって、始めたんです」

※DARKSIDE MIRRORS。シーナ&ロケッツの鮎川誠とシーナの2人の娘を擁する4人組で、2009年に活動休止
※FOXPILL CULTの前身バンドで、こちらは鮎川とシーナの三女がヴォーカル

――それまでとは違うことをやろうと?

西邑「それよりは、ほかとは違うことというか。ずっとやってきたこととは繋がっていると思うんですが、自分たちならではのことをやろうと」

――メンバーは、もともと何か理想があって集めたんですか? それとも人が集まってからやりたいことが見えてきた?

西邑「(前身バンドの)FOXPiLLよりさらに前の話なんですが……サビがないような、ストイックでシャープな楽曲をやるバンドをいくつかやっていたんですね。そういう音は好きなんですけど、でも形が出来ていくにつれて、できない音楽もどんどん出てきて。スタイルがはっきりしてくると、同時にスタイルが限定されてきてしまった。周りからもそれを求められるし、自分たちも応えようとしてしまう……。自分たちで自分たちのスタイルを狭めてしまっているんじゃないかと、窮屈さをちょっと感じていたんです。もっと自由にやっていいんじゃないかと。それが〈ロックじゃない〉と言われるんだったら、俺は反抗して自分のロックを作ろうと思った。聴いてきたルーツを踏まえたうえで、もっと自由にできないかと。そんな気持ちから始まって、結果こういうバンドになりました(笑)。だからメンバーはジャンル関係なく、この人とやりたい、と思った人ばかりなんです。それぞれが違った音楽のルーツを持っているし」

――それぞれの音楽の採り入れ方が独特ですよね。各々がバンドに入った経緯を教えてください。

プエル「西邑くんとは昔からの知り合いだったんです。20才前後の頃、一緒に即興のスカム・バンドをやっていて」

――へえ。

プエル「当時2人ともピクシーズが好きでね」

西邑「そうそう、ディアフーフとか。あとポスト・ロックが好きでしたね」

ピクシーズの2016年作『Head Carrier』収録曲“Um Chagga Lagga”
 

プエル「それで久しぶりに(西邑から)連絡が来て。〈一緒にやらない?〉〈やろうか。でも俺、何やるの?〉って(笑)。というのも、俺はいわゆる〈バンドの楽器〉はあんまりやってきていなくて……」

西邑「最初はヴァイオリンで参加しようとしていたもんね。全然弾けないのに(笑)。スタジオにもいろいろな楽器を持ってきて、アンプのヴォリュームを全部MAXにして、それでも音量が足りないからマイクで拾おうとするんですよ。昔ノイズをやっていたこともあったんですが、性格がノイズの人には勝てないなと思いました(笑)。とにかく僕の常識にはないことをやる人で」

――もうジャンルから解き放たれるどころか……。

西邑「人間として解き放たれている(笑)」

プエル「俺、そうだったんだ(笑)! まあ、いろいろな楽器を試しましたね……角笛とか」

西邑「角笛はねえ、単音で〈ヴォーーン〉って……どうすんだ?という感じで(笑)」

プエル「ピアニカはそういう意味じゃ社会性のある楽器ですね(笑)」

Shinpei Mörishige(シンセ/ギター)「プエルは想定外のものを見せてくれるので、自分が持っていたつまらないカテゴライズを取り壊してくれるんです。ヴォーカル、ギター、ベース、ドラムがバンドのフォーマットだとどこかで思い込んでしまうけど、そんな思い込みがいかに無意味かと教えてくれたんですよ」

Boo(ドラムス)「プエルさんはまさに〈想定外〉な人なんですが、音楽的なセンスがすごくあって。いつもいいアレンジをしてくる」

プエル「なんか俺、すごい(笑)」

西邑「音楽もたくさん聴いているしね。エチオピアン・ファンクとか、その国の周辺のことも教えてくれたり、〈こういうエチオピア人がいてね〉みたいな……なんで知り合いなんだろうと思うけど(笑)。たぶん彼は感覚でいろいろなことをキャッチしているんだと思うんです。だから僕らに話すときも感覚的というか、押し付けがましさが全然なくて」

エチオピアン・ファンクの一例としてプエルがメンバーに紹介したという、ベズネッシュ・べケレの2012年作『Bezunesh Bekele Greatest Hits』収録曲“Migoten Manyawkal”
 

――そんなプエルさんが強く影響を受けた音楽は?

プエル「初めはやっぱりポスト・ロックなんですけど、いろいろ聴いてきて……もしかしたら音フェチなのかもしれないです」

西邑「打楽器もやるもんね」

――いろいろ出てきそうですね(笑)では、BooさんとMörishigeさんがFPCに加入したいきさつは?

Boo「去年、とあるセッション・ライヴがあって、そこに西邑くんからパーカッションで参加しないかと誘われたんですね。そのときはメタル・パーカッションで参加したんですが、それからしばらく経ってからドラムを探してるということで、ドラムも叩けるらしいからと誘ってもらっいました」

西邑「知り合った頃、Booは打ち込みを使って歌っていて。ドラムも叩けるとは思っていなかったんです」

Boo「10年以上前は(ドラムを)やっていたんですが、その頃以来で。いま必死に練習しながらやっています(笑)。ドラムを担当していた当時のバンドでは、パンクやハードコアをやっていました。ディスチャージやエクストリーム・ノイズ・テラーとか、そういうのが好きでしたね。あとはニュー・スクール・ハードコア」

エクストリーム・ノイズ・テラーの89年作『Holocaust In Your Head』収録曲“Murder”
 

――激しい(笑)!

Boo「とにかくハードなものが好きで、ガーッとやっているうちになぜかひとりになっちゃった(笑)。それで打ち込みを始めて。だからFPCみたいなバンドは初めてなんです。とにかくいろいろなことをやるバンドだから、すごく勉強になるし刺激的。新しいことにチャレンジしてもいいんだな、と思わせてくれるバンドですね」

Mörishige「西邑さんがFPCを立ち上げた頃、僕はPLASTICZOOMSというバンドのメンバーでした。そのバンドもニューウェイヴ色が強い時期で、僕は4年くらいバリバリ活動していたんですが、脱退してからは休んでいたんですね。その間にもいくつかお誘いをいただいていて、そのなかでも僕の心を震わせてくれたバンドがFPCだった。もともと刺激的な存在だったし、声を掛けてもらって、ぜひ一緒にやりたいなと」

Mörishige在籍時のPLASTICZOOMS、2011年作『STARBOW』収録曲“KMKZ”
 

西邑「最初はゲスト参加という感じでね。ひと夏だけの」

プエル「それが終わらない夏になった(笑)」

Mörishige「音楽的には、僕はニューウェイヴしか知らないんです。思春期に一番聴いたのがLUNA SEAとL’Arc-en-Cielで、そこから彼らのルーツを辿っていくと、ジョイ・ディヴィジョンやバウハウス、スミスなんかの、イギリスの70~80年代のニューウェイヴで。同時代にアメリカのMTVを賑わせていたマドンナやプリンスも好きで、リアルタイムではありませんが、やっぱり80sのカルチャーに強く影響を受けていますね」

ジョイ・ディヴィジョンの79年作『Unknown Pleasures』の冒頭曲“Disorder”
 

――それがFPCに入ったら、もっといろんな音楽があった。

Mörishige「そうなんです。僕が好きな音楽はひとつの要素に過ぎなかったんだなと。そしたらますますこのバンドでやってみたくなりましたね」

――実にいろいろなジャンルが飛び出てきますが、そのジャンルに自分たちが向かうというより、その要素を自分たちに引き寄せるという感じでしょうか。

西邑「そうですね。選択していくというか」

 

これまでの自分、いまのシーンへのカウンター

――西邑さんはポスト・ロック、ゴス、ノイズ、ロックンロールとさまざまなバンドをやってきて。だからこそジャンルに囚われないバンドをやろうと思ったんですか。

西邑「はい」

――FPCは〈ポスト・ニューウェイヴ〉と言われていますが、西邑さんが考える〈ニューウェイヴ〉とは?

西邑「いまの日本でニューウェイヴと言われているものや、かつてイギリスで起こったもの、それから一般的なイメージのニューウェイヴ……すべてが乖離してると思うんですが、僕が思うのは、ブラック・ミュージックの要素が大きいもので。そのブラック・ミュージックが持つ〈匂い〉みたいなものがどんどん削ぎ落とされていくことによって、大衆に受け入れられやすくなっていった。そういった流れもあったと思うんです。ならば自分の好きな黒い部分を入れて新しく解釈してやろうと思ったんですね」

西邑卓哲
 

――進化していく流れのなかで薄まってしまった黒い部分を、いまの自分たちの音でやろうと。

西邑「そうですね。Morishigeはニューウェイヴがすごく好きで聴きまくっている。プエルはもっと原始的な音楽が好き。2人は本来なら一緒のバンドにいないですよ。でもそんな2人を含めた4人でやろうと」

Mörishige「(同じバンドには)いないね~(笑)。それがメンバーのなかでもいちばん仲良し(笑)」

西邑「ニューウェイヴでも何でも、その時代ごとに一番売れた曲や、一番有名な人がアイコンになって残っている。でもそのひとつのアイコンだけを取り上げるのではなく、点は線になっているはずで、すべて繋がっているはずなんですよ。だからMorishigeとプエルが一緒にやっているのも僕らとしてはあたりまえで」

Mörishige「時代によって乖離してるけど、逆に、本当は一緒なんだよね。だって何も決まりがないのがニューウェイヴのはずだし。オルタナティヴもポスト・ロックも全部そう。〈新しい波〉だもん。プエルさんが好きなものも、突き詰めたら一緒なんじゃないかと」

Shinpei Mörishige
 

西邑「うん。それにニューウェイヴはその時代の音楽に対するカウンターのようにして出てきたわけで、いま当時のものをそのままやってもそうならないんじゃないかとすごく思うんですよ」

Mörishige「そのままやってもファッションなだけで、スタンスとしてはそうではない」

西邑「そうそう。カウンターとして生まれた音楽の表面上だけ真似ても、それは単なるフォロワーですからね」

――音の真似はできても、姿勢は真似できない。

西邑「そうなんですよ」

Mörishige「ニューウェイヴってサウンドのことを指すことが多いけど、本当はスタンスのことだと思うんですよ。新しいことをやっていくという姿勢」

西邑「そういったことはよくメンバーと話しますね」

――はい。あとFPCはゴスに通じる、素顔を見せない感じだったり非現実的だったりするイメージがあったりしますが、でもどこか生々しいですよね。

西邑「ああ、そうですね」

――ライヴをまだ観ていないのに失礼なんですが、クールで汗をかかないようだけど、実は汗だく(笑)、いやエネルギッシュなんだろうなと。

西邑「ライヴでは本当に汗だくですよ(笑)。ファッションに関しては、僕は変化していて。いまはモッズなスーツを着て化粧もしていますが、これまでの自分の活動を踏まえたうえで、いまはこれだと思っています。例えばデヴィッド・ボウイは、自分の過去の作品に対するカウンターみたいな表現をしていたじゃないですか。前作を踏まえたうえで新作でのイメージを変えていったり。だからアルバム1枚だけではなく、それまでの活動を見て、よりキャラクターが深まるというか。このモッズ・スーツもこれまでの自分と繋がっているので、決して突飛なものではない。あとは周囲へのカウンターもあります。こういうメイクにモッズ・スーツはなかなかいないですよね。いまのシーンではメイクとモッズ・スーツは真逆なものかもしれないけど、角度を変えれば実は繋がっている」

デヴィッド・ボウイの2016年作『★』収録曲“Blackstar”
 

――FPCのライヴは、エネルギッシュではあるけどショウアップしたもので、完璧主義的なものなんじゃないかと実は想像していたんです。でももっとロックを踏まえた、ロックに対しての想いがある。ニューウェイヴへの解釈も、突然変異ではなく脈々と繋がっているものを踏まえたうえでの新しいもの、ということですし。

西邑「昔気質なのかもしれません。僕は昔から現場主義というか。10代の頃にダンスホール・レゲエが好きでクラブに遊びに行っていて、先輩たちにジャマイカの話とかを聞くわけです。すると〈とにかく現場だ〉と。そのときの感覚がすごく残っていて。そういう話をしてくれる人、そこで流れている音楽、踊っている人の表情だったり動きだったりは現場にいないとわからないことがある。そこから学んだことは、僕たちなりに出そうとは思っています」

――そこで感じたものを自分たちのライヴでも出そうと。それは音楽のジャンルなどではなく、音楽を超えたものなんでしょうね。

西邑「そうなんですが、超えたのではなく、超える前の音楽が生まれたときのパワーというか。スカやレゲエも、最初はそんな名前もなかった音楽だけどジャンルになっていったわけじゃないですか。そのパワー。10代の頃に通っていたクラブではそういうパワーを感じたんです。それに対してリスペクトをしながら、僕らにしかできないサウンドにしていきたいんです」

 

この4人ならできる

――では、改めてアルバムのことを。これまでより開けている印象の作品ですし、1曲目の“ファンタスティックプラネット”はなかでもポップ色が強いですよね。

西邑「それもメンバーのおかげですね。僕ひとりの情念みたいになってしまったら違うなと思っていて。1曲目はすごく昔の曲で、女性ヴォーカルでやっていたFOXPiLLの頃の曲。歌詞も女性が歌うように作ったものですが、それをいまこのメンバーでやれたのはすごく嬉しい」

――6曲目の“The Men Machine”と7曲目の“作る人”とインスト曲が続いて。

西邑「レコードのA面/B面みたいなイメージがあって、6~7曲目を対にして後半に向かうという。前半はMorishigeの、後半はプエルのアレンジの色が強く出ていますね」

――では、各々が思い入れのある曲は? 全部でしょうけど(笑)。

プエル「アレンジに関わった11曲目の“What’ s Happening Brother”ですかね。そろそろこういうことができるんじゃない?って、黒い要素を入れてみました」

プエル
 

――ホーンが入ってます?

プエル「入っています。シンセ・ブラスですけど。いろんな要素が入っていて、おもしろいと思います」

――黒っぽいんだけど抑えた感じで。

プエル「そうそう。こういう曲は前からやりたかったんですが、技術が少しずつ進歩してやっとできるようになってきた」

Boo「僕は今回すべてにおいてチャレンジしているので、思い入れの強いアルバムになりましたが、なかでも“ROMANATION”はすごく好きで。ハードコア出身ですし、ポップなものはまったく演奏したことがなかったんですが、すごく気持ち良くて。やっとこういうポップな曲をやれる機会を得たなと。“ファンタスティックプラネット”も好きだし、実はポップなものが好きだったんだ!と(笑)。昔はそういう曲はやってはいけないとすら思っていたんですが、いまそれをやれてすごく嬉しいし、刺激的」

西邑「小林旭みたいに歌ってたしね(笑)。9曲目の“信じない”でみんなでコーラスするところがあるんですけど、そこで小林旭になってた(笑)」

Boo「それこそ自分でも想定外(笑)」

Boo
 

Mörishige「僕も全曲に思い入れがありますが……僕と西邑さんはギターと鍵盤の両方をやっているなか、5曲目の“国景色”では僕がすべてギターを弾いていて。ヴォーカル、ギター、ピアニカ、ドラムと構成はすごくシンプルで、各々の楽器の純度を高めました。この曲は日本のトラディショナルな世界観で、僕の印象としては中島みゆきさんとか、フォーキーでエモーショナルなイメージ。ギターもそれに応えるように泣きのフレーズで、歌うような感覚で弾きましたね」

――Morishigeさんがずっと聴いてきたニューウェイヴとは、イメージとしては一番かけ離れている曲ですよね。

Mörishige「そうなんですよ! でもギターの音色はやっぱりニューウェイヴを意識して。ニューウェイヴじゃない曲にそういったギターを持っていける、それがこのバンドだし、自分ができることはコレだ!という、武器を再確認した感じですね」

西邑「僕は……個人的な思い入れはやっぱり“ファンタスティックプラネット”で、前のバンドのときに作った曲をこのメンバーでやろうという気持ちになれたこと。それが大きいですね。あとプエルと同じで“What’s Happening Brother”のような曲をできるようになってきたのはすごく嬉しい」

――なるほど。歌詞についてもお訊きしたいんですが、気になったのが“ホモ・デメンスM”の〈心に響かない歌だから歌えるのさ〉というところ。ちょっと驚いたんですけど、これは皮肉ですか?

西邑「皮肉もあります。耳馴染みはいいけど本当に伝えるべきものなのか? お前は音楽より酒のほうが好きなんじゃねえの?とか。でもそれは自分にも当てはまるかもしれない。実際、歌詞が書けなくなった時期があって、俺は伝えたいことがないのか? いや、あるはずだ、と悩んでいたんです。それで書けても、この歌詞は本当に俺の伝えたいことか?と自問自答していて。そのときの想いをそのまま歌ったんです。結構、限界がきたときの歌詞かな? 歌詞はいつも自分が経験したことや思ったことを書いていて、普段の会話よりアルバムを聴いてもらったほうが、実はこういうことがあったんだな、とわかると思う」

FOXPILL CULTの2016年のミニ作『ROMANATION』収録曲、吉田達也が参加した“レストランド”
 

――歌詞は抽象的だったり非現実的な感じもしますが、やっぱりどこか生々しい。サウンドもライヴも歌詞も、そこは徹底されていますね。

西邑「なんで非現実なものが生まれたのか、その人はなぜ非現実を生み出そうと思ったのか、そういうことも描かないと深みがないと思うんです。表面的なだけになってしまう。非現実的であっても表面的ではないつもりですし。何を考えてそうなるのか、そういうことは意識しています」

――美しさやインパクトがあるものを出していたとしても、そこに至るまでの思考を描いている。

西邑「そうですね。それができるのもバンドの強みだと思うんですよ。この4人ならできる。各々が予想外のアレンジをしてくるので、すると同じ歌詞でも人によって受け取り方も変わってくるし、自分が書いた歌詞でも新たに違った感情が生まれたりする。僕の胸の中にも、誰の胸の中にも、気付かない感情はまだまだあるんですよ」

――それが生々しさの理由ですね。何かが生まれる瞬間を、楽曲でもステージでも表現していく。

西邑「そうですよね。次の自分たちを常にめざしたいという」

――FPCはある意味では異形なバンドだけど、それを堂々とやっていいという気概と勇気を感じます。

西邑「そうであれば嬉しいです。音楽は自由だし、新しい扉を開くおもしろさがあるはずで。そう感じてくれたら嬉しいです」

――それにきっと、学校で同じ趣味の人がいなくて寂しい思いをしている子たちが聴いても、すごく勇気が出るアルバムでありバンドだと思います。

Mörishige「まさに学生時代の俺だ(笑)。そういう子たちにも〈絶対大丈夫だよ〉と言いたいな(笑)」