フラメンコをベースにジャズ、アフロビート、ソウル、レゲエにヒップホップなどの要素を採り入れた豊かな音楽性で知られるスペインのシンガー、ブイカが今年3月に来日公演を行う。アメリカの公共ラジオ局・NPRは〈50 Great Voices〉としてビリー・ホリデイやロバート・プラント、ビョークに交えてブイカを選出し、〈The Voice Of Freedom(自由の声)〉と絶賛。2009年作『El Ultimo Trago』でラテン・グラミー賞を獲得し、2013年の『La Noche Mas Larga』はグラミー賞にもノミネートされている。さらに、2015年の最新作『Vivir Sin Miedo』にはジェイソン・ムラーズやミシェル・ンデゲオチェロが参加しているなど多彩な共演歴でも知られる彼女は、日本でも人気の高いペドロ・アルモドバル監督の映画『私が、生きる肌』(2011年)でもその歌声を披露している。
今回Mikikiでは、バンド・セットでのステージとなる3月4日(土)のブルーノート東京と、オーケストラを引き連れて出演する3月7日(火)の東京・すみだトリフォニーホールの2公演を前に、ブイカの魅力を改めて紹介したい。音楽評論家の渡辺亨氏に、いま注目すべきこの歌い手の歩みと公演の展望を解説してもらった。 *Mikiki編集部
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アフロ・スパニッシュ新世代としてのマニフェスト
“New Afro Spanish Generation”――ブイカのソロ・デビュー作『Buika』(2005年)に収録されているこの曲のタイトルは、キャッチコピーとしていまも有効だ。ブイカことコンチャ・ブイカは、まさに新世代ならではのアフロ・フラメンコ歌手なのだから。
ブイカを深く理解するためには、まず彼女のバックグラウンドを知る必要がある。ブイカの両親は、アフリカの赤道ギニア共和国出身。彼女はそんな両親のもとで、72年にスペインのマジョルカ島で生まれた。2017年1月に行ったメール・インタヴューで、ブイカは幼少時の家庭環境についてこのように答えてくれた。
「私は貧困な家庭に生まれ、人々に忘れ去られたような地域で育ちました。私は、そうした自分の過去を決して忘れません」
マジョルカ島は地中海西部に浮かぶバレアレス諸島最大の島で、カタルーニャ文化の影響が濃い地域だ。よってスペイン語だけでなく、カタルーニャ語も公用語とされている。また、この島には昔から異なる文化を持ついろいろな民族が住んできたし、スペイン本土では触れることのできない民謡や舞踏も伝承されている。マジョルカ島出身の有名なミュージシャンとしては、マリア・デル・マールがいる。カタルーニャ語で歌うことにこだわり続けているヴェテランの女性シンガー・ソングライターだ。
このようなバックグラウンドの持ち主だけに、ブイカの音楽性はアフリカ音楽やフラメンコ、ファンク、ジャズ、キューバ音楽、地中海音楽、ヒップホップなどのミクスチャー。ただし、アイデンティティーが稀薄なミクスチャー音楽ではない。“New Afro Spanish Generation”は、このことを証明する一曲だ。
“New Afro Spanish Generation”は、アフリカ音楽とフラメンコ、それに初期のエリカ・バドゥに通じるネオ・ソウル風味が漂う曲だが、ブイカはスペイン語と英語で「私はアフリカン・アメリカンではない。新しい世代のアフロ・スパニッシュ」と力強く歌っている。つまりこの曲は、彼女のマニフェストである。そしてブイカの陰影を帯びたヴォーカルは、深い情趣と憂愁を醸し出す。しかも祈りのように霊妙でありながら、奥が深い土の匂いと苦い涙の味がする。
「私は子供の頃、母から〈自分の文化を愛するようにあらゆる文化や音楽、そして伝統を愛しなさい〉と教えられました。また母は、私の人生で何か大きなことが起こるたびに家計をなんとかやりくりして、私が人間らしい生活をするための手段を整えてくれました。私はそんな母や、夢を達成するために努力しているすべての人々のために祈ります」
世界的映画監督も魅了、ハスキーな歌声が飛躍を遂げるまで
ブイカは90年代後半からマドリードのナイトクラブで歌いはじめ、2005年に『Buika』でソロ・デビューを飾った。なお、『Buika』の前にはピアニストのハコブ・スレーダーとの共同名義によるジャズ・スタンダード主体のアルバム『Mestizuo』(2000年)をリリースしている。その後は、フランスでも好セールスを記録した『Mi Niña Lola』(2006年)、ラテン・グラミーの最優秀アルバム賞にノミネートされた『Nina De Fuego』(2008年)と順調にアルバムのリリースを重ねていく。
2009年にはチューチョ・ヴァルデスとのコラボレーションによる『El Ultimo Trago』を発表。イラケレのリーダーとしても知られるアフロ・キューバンの名ピアニストとの共演盤で、当時90歳だったコスタリカ生まれのメキシコ歌謡の女王チャベーラ・ヴァルガスへのトリビュート・アルバムである『El Ultimo Trago』は、ブイカがさらなる飛躍を遂げるきっかけとなった。スペインを代表する映画監督のペドロ・アルモドバルは、チャベーラ・バルガスの友人で、しかも彼女の曲を「キカ」(93年)をはじめとする自分の作品に何度も取り上げている。『El Ultimo Trago』を聴いたアルモドバルは、ブイカの歌に惚れ込み、賞賛した。このことが、「私が、生きる肌」(2011年)への出演に繋がる。この映画には、真っ赤なドレスに身を包んだブイカが結婚パーティーで歌うシーンが収められている。
「世界的に有名で、しかももっとも名誉ある映画監督の一人であるアルモドバルの映画に自分が出演したことは、正直なところ、いまだに信じられません。映画に関わることは自分の夢でしたが、それを差し引いても、私にとってあの映画への出演は他の出来事とは比べものにならないほどの素晴らしい経験であり、挑戦でした」
ブイカの歌声はハスキーで濃密で、しかも彼女自身はジャンルを超えたアーティストであることから、ニーナ・シモンを引き合いに出されることが多い。ブイカは、グラミーの最優秀ラテン・ジャズ・アルバム賞にノミネートされた通算4作目のソロ・アルバム『La Noche Mas Larga』(2013年)では、ニーナも録音しているビリー・ホリデイの“Don't Explain”と、アビー・リンカーンの“Throw It Away”を歌っている。これらのアフリカン・アメリカンのジャズ歌手には、どの程度影響を受けているのだろう。
「音楽というものは、人生で経験した数々の貴重な体験や瞬間などを経て、私のなかで存在しています。彼女たちは、私の記憶のなかにおける素晴らしい存在であり、時に私たちが何者かであるかということを思い出させてくれます。言い換えるなら、彼女たちの魅力的で魔法のような歌声は、私たちが誰に愛されているかということを思い出させてくれます」
多彩な共演歴と来日公演の展望
『La Noche Mas Larga』には、前述のジャズ・ナンバーに加えて、〈行かないで〉という邦題で知られるジャック・ブレルのシャンソン“Ne Me Quitte Pas”のアフロ・フラメンコ調カヴァーが収められているし、アルゼンチンのポップ・ロック系の曲も歌っている。こうしたジャンルを跨いだ選曲とアレンジからも、ブイカの音楽的な幅の広さと度量の大きさが伝わるだろう。またブイカは、多彩な共演歴を誇るアーティストでもある。『La Noche Mas Larga』に収録されている“No Lo Se”は、パット・メセニーをフィーチャーしたオリジナル曲だ。
「パット・メセニーと音楽を共有したときに感じたのは、私が長年レコーディング・スタジオに篭もっていて感じていた孤独がやっと意味を成したということ。つまり長年の苦労が報われたと感じました」
現時点におけるブイカの最新作『Vivir Sin Miedo』(2015年)には、ミシェル・ンデゲオチェロがベースを弾いている“Mucho Dinero”が収められているし、“Carry Your Own Weight”はジェイソン・ムラーズとのデュエットによるバラードだ。さらにコンピレーション『En Mi Piel』(2011年)には、シールとの共演によるバラード“You Got Me”が収められている。これは、シールの『Seal 6: Commitment』(2010年)の収録曲の別ヴァージョンだが、このデュエットも素晴らしい。
また、ブイカはイスラエル人女性歌手ヤスミン・レヴィの『Libertad』(2012年)に客演し、“Ovidate De Mi”という曲を一緒に歌っている。ヤスミン・レヴィは、スペイン系ユダヤ人の音楽であるセファルディをバックグラウンドに持つアーティストだけあって、この異母姉妹のような2人の共演は格別だ。これらのデュエットを聴けば、なぜブイカのヴォーカルが〈The Voice Of Freedom(自由の声)〉と評されているのかが理解できるだろう。
ブイカは5人編成のバンドを引き連れて約9年ぶりに来日し、3月4日(土)にブルーノート東京、7日(火)にすみだトリフォニーホールで公演を行う。バンドはフラメンコ・ギター、フラメンコ・ベース、トロンボーン、パーカッション×2といった編成なので、〈New Afro Spanish Generation〉であるブイカの音楽の真髄が味わえることは間違いない。そして7日は、新日本フィルハーモニー交響楽団との共演となる。
「オーケストラとの共演は、ここ何年の間にトルコ、ブルガリア、ギリシャ、スペインなど世界各国で行ってきました。ただ、毎回初めてのことのように感じます。オーケストラの不思議なところはどれも違っていて、しかもそれぞれ素晴らしいということです。前回来日した際に日本で感じたことを言葉にするのはとても難しいのですが、あえて言うならば、日本に滞在していた間、私の心はとても穏やかで、幸せでした。そして、この地を去りたくないと感じました」
ブイカ
〈ブルーノート東京公演〉
日時:3月4日(土)
開場/開演:
・1stショウ:16:00/17:00
・2ndショウ:19:00/20:00
料金:自由席/9,000円
※指定席の料金は下記リンク先を参照
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〈東京・すみだトリフォニーホール
ブイカ "シンフォニック・スペシャル・ナイト”公演〉
日時:3月7日(火)東京
開場/開演:18:30/19:00
料金・指定席:S席6,000円/A席5,000円
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