(C)Dag Alveng/ECM Records

フォークシンガーの目で見る世界共通の思想

 ノルウェー南東部のヘードマルク県には、デンマークの支配下にあった17世紀に隣国フィンランドから移住してきたフィン人の子孫が居住する、フィンスコーゲンという地域がある。このフィンスコーゲンを拠点に活動するフォークシンガーのシニッカ・ランゲランが、新作『The Magical Forest』を引っ提げて3月に来日した。フィン人の血を受け継ぐ彼女が歌の伴奏やソロ演奏で使用しているカンテレも、フィンランドの伝統楽器である。彼女の作品は、フィンランドのカレワラ叙事詩をはじめとする、ルーン文字で記された北欧の古い伝説に基づくものが多いが、新作はaxis mundiすなわち天と地、現世と来世いったふたつの世界をつなぐものがテーマの中心となっている。

 ピアノとギターを弾き、現代のフォークソングを歌っていた彼女がカンテレと出会ったのは、20歳の時だった。「当時のフィンランドでは、カンテレは廃れた楽器ということで誰も興味を持っていませんでしたが、カレワラ叙事詩にカンテレの起源についての話が出て来たりして、興味を持っていろいろと読んでいるうちに、ルーンの歌が北欧のもっと広い地域に伝わっていることを知りました。ルーンの歌は必ずしもルーン文字とは関係無く、“歌う呪術”という共通性のほうが重要です。ノルウェーに住むサーミ人のヨイクもルーンの歌の一種で、呪術的な意味合いを持っています」

SINIKKA LANGELAND The Magical Forest ECM(2016)

 新作には、中世の声楽曲やそのスタイルを取り入れたオリジナル曲による作品を発表しているトリオ・ミディーヴァルが参加し、ランゲランの音楽との高い親和性を示している。「イングリア(現在のサンクトペレルブルクを中心とする地域)の女性が歌うルーンの歌にはブルガリアの合唱に似た響きがあって、その要素を取り入れたいと思ったんです。それで、民謡をテーマにしたアルバム『Folk Songs』も発表している彼女たちに協力してもらうことにしました」

 日本人として興味深いのは《Kamui》で、これは子熊をいけにえにするアイヌの儀式を題材にしている。「初来日の時に行った札幌で儀式の映画を観て感動したんです。それで、一般論として人間が犠牲を捧げる必然性について深く考え、これはaxis mundiのひとつのヴァリエーションではないかと思ってこの曲を書きました。オスロで開催された教会音楽祭で演奏したら、キリスト教の司祭が、犠牲を捧げる儀式の起源がわかったと言ってくれたのは印象的でしたね」

 ランゲランの音楽は、ルーンの歌やアイヌの儀式に影響の残るアニミズムがキリスト教以前の世界共通の信仰だったことを、現代人に思い出させてくれる。