ここ最近見たヨーロッパのトラッドのジャンルで活動しているアーティストの演奏で最も強い印象を残したのはノルウェーのシンガー・カンテレ奏者のシニッカ・ランゲランのソロ・ライヴだった。
カンテレとはフィンランドの鉄弦のハープのような音がする楽器で、中世ヨーロッパのプサルテリーと似ている楽器である。フィンランドでは長年5弦で5音階(ペンタトニック)のフレーズを繰り返し奏でながら演奏する楽器だった。初めて伝統的なカンテレを聴いた時は東洋的な響きのミニマル・ミュージックのように僕の耳には聴こえた。アイヌのトンコリの音楽を初めて聴いた時とも印象が似ていた。そして、日本の雅楽で使われている和琴とも似ている響きがした。
しかし、シニッカ・ランゲランの演奏は中世からの伝統を残しつつ、全く新しいものになっていた。彼女の使っているカンテレは5オクターブもあって、グランド・ハープやピアノ程の響きがする。彼女はその楽器の為に様々な新しい奏法を研究した。カンテレは日本のお筝とも遠い親戚のような楽器なので、日本の筝奏者八木美知依からも数回レッスンを受けたという。ソロ・ライヴを見ていると普段その楽器では考えられないようないろいろな音が聴こえて来る。転調も出来るように、大きなペッグで弦を押して半音上げたり下げたりしていた。レパートリーも幅広い。中世音楽、昔から伝わっている伝統的な歌、キリスト教以前から残っているシャーマンの歌、近年の詩人の作品に作曲したオリジナル作品、ジャズ・ミュージシャンとのコラボレーションの影響が見えて来るアドリブ。トラッドのシンガーとしての表現力も優れている。言葉が分からなくても、そのドラマが伝わってくる。彼女にはノルウェー政府から一生続く文化の為の助成金が出ている。だから、ここまでの深い研究が出来るのだ。ノルウェーは文化を本当に大事にしている国だ。20世紀の初め頃から西洋音階にはないミクロな音階で歌われる伝統歌曲等も大事に記録されている。文化にはその時に流行っているものとは別に、必ず歴史的に重要な作品として残るものがある。そうした作品を追求して作っている人は科学者や医学者と同じように国や財団によって守られている。彼女の音楽と研究はノルウェーの文化的な歴史に残るものだと聴きながら思った。
彼女の次のプロジェクトはアイヌのイオマンテ (カムイの世界に熊を送り返す儀式)の曲のレコーディングとのこと。ノルウェーのシャーマンが歌った熊の神に捧ぐ歌との共通点を発見したらしい。「昔の神話は新しい形をとって再び戻ってくる」とシニッカは語ってくれた。これからの活動も楽しみだ。