〈自伝〉と言っても過言ではない正直な言葉と、オーソドックスなスタイルのサウンド・メイキング。10通りの勝負曲を携え、二人は正々堂々と王道で中央突破する!

チャレンジと覚悟

 〈王道〉という言葉を、辞書で引く。語源には諸説あるが、〈正攻法〉〈定番〉という意味で現在は使われるとある。みずから〈王道ポップス〉を掲げ、メジャー・シーンに打って出てから9か月。メディアに顔は出さないがライヴでは何も包み隠さず、7月まで続く全国ツアー〈イトヲカシ second one-man tour 2017〉はどこも大盛況。良い曲を作って真っ直ぐにリスナーへ届ける、イトヲカシの歩む道はまさに正攻法。ありのままをさらけ出すダイナミックなものだ。

 「アルバムのリリースがツアー後半なので、誰も知らない曲をたくさんやっている、チャレンジングなツアーです。僕らは路上ライヴから活動を始めてるんですけど、音楽に興味のない人も振り向かせなきゃいけなくて。それが真のアーティスト・パワーに繋がるんじゃないか?と思っていたんです。今回のツアーもそうで、僕らの真価が問われると思うし、チャレンジャーの気持ちで回ってます」(伊東歌詞太郎、ヴォーカル)。

 「それで良かったら、アルバムも買ってくれるだろうから。一本一本、身が引き締まりますね」(宮田“レフティ”リョウ、ベース/ギター/キーボード)。

イトヲカシ 中央突破 avex trax(2017)

 そのメジャーからのファースト・フル・アルバムに『中央突破』という痛快なタイトルを付けた二人の意図は、プレイボタンを押せばすぐにわかる。1曲目“スタートライン”の広いスタジアムが目に浮かぶような、壮大な音像。ストリングスとピアノが躍動する、溌剌としたバンド・サウンド。そこを突き抜けて朗々と響き渡る、伊東歌詞太郎の圧倒的なヴォーカル力。これぞイトヲカシの王道ポップスだ。

 「“スタートライン”は2014年の夏に出来上がった曲で。その頃から週に1回集まって曲を作り続けていたんです。たくさんある曲の中から〈こういう曲を入れたらいいアルバムになるだろう〉という作り方をしたので、すべてがシングルになれる曲が10曲集まりました」(伊東)。

 「集まった楽曲を並べてみて、〈このアルバムは何を表現しているんだろう?〉と話し合ったときに、僕らがずっと発信し続けている〈老若男女に受け入れられる王道の音楽〉というものをまさに表現してるんじゃないか?というところから、『中央突破』というアルバム・タイトルになりました。メジャーのど真ん中に、このアルバムを持って斬り込んでいくぞという、覚悟の一枚になってると思います」(宮田)。

 

心を伝える手段

 アルバムの流れは、言わば起承転結だ。アニメ「双星の陰陽師」のオープニング/エンディング・テーマに使われた2曲“カナデアイ”“宿り星”を序盤に置き、リスナーのハートをグッと鷲掴みにすると、ピアノとアコースティック・ギターのバラード“あなたが好き”から“はちみつ色の月”へ、中盤はテンポを落とした曲を並べてゆったり聴かせる。7曲目“ドンマイ!!”でふたたびアッパーに転じたあと、“半径10メーターの世界”“ヒトリノセカイ”とメッセージ性の濃い曲を連ね、ラストを締め括るのはメジャー・デビュー曲“スターダスト”。「ライヴの流れを意識して、全部が魅力的に聴こえるように」(伊東)というテーマに沿って並べられた10曲は、すべてにキャッチーなメロディー、明確なメッセージ、シンプルなアレンジがあり、刺激的な音色、複雑なコード展開、ビートを強調する電子音など、極端に耳を引く技巧はほとんど見当たらない。

 「僕の職業アレンジャーとしての視点で言うと、〈本当はこのアプローチでいきたいけど時代的に古いかな?〉とか、〈もっと派手な音のほうがいいかな?〉とか、ふと考えてしまうことがあるんですけど、このアルバムでは、そういうことは一切関係ないと思ったんですよ。たとえば今回、ギター・ソロが多いんですけど、そういうアプローチは最近あまりないですよね。でも自分で良いと思うアプローチを選択できたし、ある意味開き直れたので、誰に何を言われてもいいという自信があります。そのうえで思うことは、歌モノをやっている以上、普遍的なものは避けて通れないんですよね。ビートルズもそうだし、Mr.Childrenやスピッツもそう。山下達郎さんや小田和正さんもそうだし、それって古いとか新しいとか、そういうことじゃないですよね。僕らはムーヴメントに左右されるものじゃなくて、いわゆる古典的な歌モノのアプローチを進んで選択しています」(宮田)。

 「僕らが何を伝えたいか?と言ったら、気持ちというか、詩的な言い方をすると〈心〉だと思うんですよ。心を伝える手段として、音と言葉が器として機能できるからこそ、音楽はめちゃくちゃすごいものなんだなと思います。今回は、一番大事な〈心〉がぼやけないように、二人でじっくり話し合いながら作れましたね」(伊東)。

 

すべて自伝のようなもの

 たとえば“スタートライン”の、〈未来はもうすでに君の中にある〉という鮮やかな言い切り。“カナデアイ”の、〈夢の先の先へ終わりのない旅を続けていく〉という決意。“スターダスト”で歌われる、〈夢を未来に変えられるのは今の自分〉という自覚。〈夢〉〈未来〉が多用される、徹底して前向きな歌詞の世界は、聴き心地のいい甘い言葉に聴こえるかもしれない。だがそれは、彼らが心の奥の本当の気持ちを深く掘り進み、やっと見付けたダイヤモンド。イトヲカシのメッセージには、〈生き方〉という裏付けがある。

 「歌詞は、メロディーもそうですけど、今まで生きてきたなかから湧き出るものだと思うので、僕が作った作品は、すべて自伝と言っても過言ではないです。たとえば“スターダスト”の〈全てなくなってゼロになったって〉という歌詞も、昔の厳しいバンド経験を踏まえて、〈でも大丈夫、生きていけるよ〉という実感から出た言葉だし。普段から言霊を大事にして、常に自分の気持ちに正直でいないと、ヴォーカリストとしては失格だというのが僕の持論です」(伊東)。

 「音楽をやるうえで、嘘をつかないのはすごく大事なことですね。歌詞を書くということは、心に一番近い言葉を死ぬほど探すことだし、メロディーも編曲も、すべてはそういうことだと思うので。根底にある〈心〉を表現するにはどういう手法を取ればいいのか。今回のアルバムでは、そこをすごく意識してやれたと思います」(宮田)。

 彼らのライヴには、インターネットの動画サイトやSNSで繋がった10代を中心に、20代、30代以上と、徐々に幅広い年代が集いつつある。時代を超える王道のポップスを求める多くの声に支えられ、イトヲカシの世界は今後、さらに広がっていくはずだ。

 「年上の方がライヴに来て盛り上がってくれてるのを見ると、正直嬉しいです。もちろん全世代嬉しいですけど、上の世代に聴いてもらえることは、本物かどうかというジャッジメントをしてもらえることだと思うので」(宮田)。

 「死ぬまで音楽をやるのが夢なので、消費される音楽にはなりたくない。〈消費〉の反対、〈生産〉するユニットであり続けたいと思います」(伊東)。

 

イトヲカシの作品。

 

伊東歌詞太郎の作品。

 

宮田“レフティ”リョウが作曲/編曲/プログラミングなどで参加した作品を一部紹介。