ゼロ年代の〈ジャズで踊る〉ムーヴメントのトップランナーとして活躍した、quasimodeの活動休止から約2年半。バンドの中心人物であるピアニスト・平戸祐介が、新しい音楽プロジェクトを立ち上げた。その名は〈Yusuke Hirado Prospect〉。みずから〈一つのチームである〉と解説するその制作スタイルは、彼のルーツである50~60年代のモダン・ジャズに、エクスペリメンタルなヒップホップ、ソウル、R&Bなどを溶かし込んだクロスオーヴァーなもので、このたびリリースされた初のアルバム『HERITAGE』では国内外の気鋭のラッパーやトラックメイカーが大挙参加。エリック・ベネイが参加した“There You Were”、WONKのトラックメイカー/ドラムスのPxrxdigm(Hikaru ARATA)とラッパーのイラJをフィーチャーした“Diploma”と、リード曲2曲はミュージック・ビデオも公開されているので必見だ。
平戸が本作で表現したかったもの、そして彼の思うジャズの向かう未来とは? インタヴューは、彼の所属するレーベル=Mono Creation擁するCASIOのスタッフがみずからリノベーションしたというリハーサル・スタジオで行われた。

自身のスタイルとほかのジャンルのコラボレーションを純粋に楽しみたい
――素敵な空間ですね。ここでいつも音を出してるんですか。
「そうですね。ここでリハーサルをしてます。内装もMono CreationのプロデューサーがすべてDIYでやってるんですよ。ちょっと雑なところもありますけど(笑)」
――CASIOさんとの付き合いはどれくらいになりますか。
「もう3年ぐらい? Mono Creationを立ち上げた時の最初のイヴェントに呼んでいただいて、それで縁が切れるかと思ったんですけど(笑)、長く続いてますね。良くしてもらってます」
――良い縁が繋がって。
「そうですね。これは後で言おうかと思ってたんですけど、僕が音楽に興味を持ち始めた頃から、CASIOの楽器はいいなと思っていたんですよ。実家がジャズ喫茶をやっていて、CASIOの楽器が置いてあったし、母親がピアノ教師で、ピアノ教室にもCASIOのナビゲーション・キーボードみたいなやつがあって、物心ついた頃からキーボード=CASIOというところがあったので。今はこうしてお付き合いがあって、本当に不思議な縁を感じますね」

――ライヴやレコーディングでは、CASIO製品しか使っちゃいけないということではなく?
「いや、使っちゃいけませんね(笑)。マネージメントもCASIOさんにやってもらってますし、エンドースもすべてそうなので。ただローズとか、ヴィンテージ楽器は特別に今回のアルバムでも使ってますけど」
――逆に言うと、CASIO楽器だけで十分音が出せる。
「十分ですね。すごくいいですよ。そこにある白い88鍵のもの※とかはピアノと同じで、なおかつ軽いですから。女性でも持てるくらいで僕もライヴでいつも使ってますけど、素晴らしい楽器です」
――その、CASIO内のレーベル〈Mono Creation〉から今回リリースされた『HERITAGE』は、平戸さんのソロ名義とは別の、Yusuke Hirado Prospectというプロジェクトのファースト・アルバムということでいいですか。
「僕の新しい個人プロジェクトの第一弾ですね。そういうものを取っ払って言えば、僕のソロ作品としては3枚目になるので、気持ちの中では繋がってますけど、自分の中では一つのプロジェクトであり、制作チームのようなものにしたかったんです。というのは、自分だけでは思い付かない発想だったり、周りからの刺激を受けて作品を作りたかったという側面もあったんですよね」
――そのプランは、いつ頃から頭にあったんですか。
「3年ぐらい前からチームとして作品を作ってみたいというのが、漠然とした構想としてはありました。で、Mono Creationのプロデューサーから〈ソロ作品を作りませんか?〉というお話をいただいた時に、〈こういう形で新しいものを作りたい〉という話をしたら、〈Yusuke Hirado Prospectというチームとして作品を作ったらどうですか〉と提案をいただいて、そこからですね。僕の思い描いていたものと、提案していただいたものが一致したので、それで作品を作っていこうということになりました」
――素晴らしいアルバムですよね。ジャズがベースにありつつ、予想以上にソウルやR&B、ヒップホップの要素が色濃くて、実験的でありながら娯楽性も高い。平戸さんならではのクロスオーヴァーな感覚がすごく新鮮でした。これは自然にそうなったんですか。
「自分は今までジャズをやってきたけど、どちらかというとモダン・ジャズと呼ばれている、50~60年代のオールド・スタイルのジャズが大好きで、それが僕のプレイ・スタイルでもあるんですよ。なので今回のアルバムを作るにあたって、オールド・スタイルの僕のジャズと、ほかのジャンルとのコラボレーションをまずは純粋に楽しみたいなと思ったんですね。狙って作った気持ちはあまりなくて、〈この音楽と遊びたい〉というものがキーワードになって出来た楽曲たちなので、僕の気持ちがすごく素直に反映されています」
――ジャンルの違うシンガーがいて、ラッパーがいて、トラックメイカーがいて、バンドがいて。お互い歩み寄るというか、お互いの接点で遊ぶというような?
「そういうところはあります。まずは楽しもうよ、というのが作品の中のキーワードとしてあったと思います」
――最初に取り掛かったのは、どの曲ですか。
「エリック・ベネイとの “There You Were”ですね。作業はデータのやり取りだったんですけど、最初にいい曲が出来たからデモをエリックに送ったんですよ。そしたら、ハネられまして」
――えっ。そうなんですか。
「その理由が、もっと平戸祐介の音楽――つまりジャズに近づいたものでコラボレーションしたいから、〈俺に寄せないでくれ〉と。通常はコラボレーションというと、相手をリスペクトをしたうえで、相手の音楽性に近いものになってしまいがちなんですけど、エリックも百戦錬磨のアーティストなので、〈お前のジャズの上で歌いたいんだ〉と言ってくれた」
――すごくいい言葉ですね。勇気が湧くというか。
「ありがたい言葉をいただいて、2回目は僕のジャズに寄った作品を送って、それにエリックはすごく賛同してくれた。だからエリックの数ある作品の中でも、コードの使い方がすごくジャズだと思うんですね。結果的にエリックのアドヴァイスのおかげでいい作品が出来たなと思って、すごく感謝しています」
――もともとエリックさんと面識は?
「いや、僕が一方的にファンでした。でも歌声がすごく良くて人間味あふれるというか、昔から好きで。僕のフェイヴァリット・アーティストの一人なので、いずれかのタイミングで一緒に演奏できたらいいなと思っていたのが、今回実現したということですね」
――その曲を皮切りに、他の曲の制作も随時スタートしていったという。
「そうです。エリックの曲が最初に出来上がってから、とんとん拍子に進んでいった感じですね」
――今回のアルバムはラッパーが参加した曲が3曲あることもあり、全体的にヒップホップ色が濃い印象があります。
「もともとの経緯を辿れば、ずいぶん昔からジャズとヒップホップが融合したサウンドはやりたかったんです。quasimodeの結成もMONDO GROSSOのバンド時代の演奏に衝撃を受けたことがきっかけでしたし、もともとジャズとヒップホップはルーツにあったんですよ。それと、僕は93年から99年までNYのブロンクスに住んでいたので、街で鳴っている音楽はヒップホップがすごく多かったし、ロバート・グラスパーが出現する以前から、ジャズとヒップホップのカルチャーを体感していて」
――デ・ラ・ソウルやア・トライブ・コールド・クエストとか、ヒップホップからのジャズへのアプローチもありましたね。
「そうですよね。それをグラスパーが生楽器で表現してからブームのようになりましたけど、僕はそれ以前から好きではありましたね」

いいものはいい、迎合する必要はない
――海外組はデータのやりとりで?
「そうですね。ナヴァーシャ(・デイヤ)はこちらのスタジオに来てくれてレコーディングしましたけど、他のアーティストはデータのやり取りが基本です。国内のfox capture planとかは、一緒にレコーディングしました」
――それぞれ、どんなエピソードがありますか。
「Mr.Jメデイロスと一緒にやれたのは、すごく刺激になりましたね。メデイロスが以前やっていたユニット、プロカッションズの『Up All Night』にすごくヤラれたんですよ。フェンダー・ローズとドラムと、2つの楽器しかないんですけど、そのうえでメデイロスがラップを乗せていて。それを聴いてカッコイイなと思っていた矢先に、プロデューサーに〈メデイロスとやるのはどう?〉って言われて、すごくタイムリーでしたね。彼はあまり日本人のアーティストとコラボレーションしたことはないと思うし、すごくいい人選だなと思いましたね」
――先行でMVも公開された“Diploma”に参加してるのは、WONKのPxrxdigmとイラJ。
「この曲のリリックは、別れた彼女に未練タラタラで、そういう自分に卒業という内容なんですけど(笑)。曲は思い切りジャジー・ヒップホップ。でも僕とARATA(Pxrxdigm)くんは、ジャジーではなくジャズにしたかったんですね。コード進行もすごく複雑で、ある意味ハードコアなジャズとヒップホップの融合ですけど、いい意味でリスナーのことをあまり考えてないというか、あえて自分たちが理想を押し通しました。今の若い世代って、あんまりリスナーに迎合したものが好きじゃないと思うんですよ」
――ああ、そういう感じはしますね。
「若い世代のリスナーは、自分たちがいいと思うものを〈こういうのあるんだけど、どう?〉って発信したほうが反応してくれると思うんですね。それはARATAくんの存在も大きくて、彼も〈いいものはいい。迎合する必要はないでしょ〉という考え方なので、トラック作りにもそれが反映されてると思います」
――fox capture planや、元SOIL&“PIMP”SESSIONSの元晴さんとかは、昔からよく知ってる仲ですよね。
「腐れ縁という感じもありますね(笑)。ソイルとquasimodeは、イヴェントでしょっちゅう顔を合わせてたし、foxの岸本くんはJABBERLOOPのメンバーでもあって、JEBBERLOOPとquasimodeもよく一緒になったし。旧知の仲なので、楽しくレコーディングさせていただきましたね。考えてることも近いし」
――foxの中に入って平戸さんがピアノを弾く、岸本さんとの絡みがすごくスリリングでおもしろいですね。
「負けられねえぞ、みたいな感じはありましたね(笑)」
――レコーディングはスタジオにピアノを並べて?
「いや、もう僕の音は録ってあって、あとで岸本くんに思う存分弾いてもらった形です。でも岸本くんのレコーディングが終わった後、〈岸本くんがそう弾くなら俺はこう弾くわ〉って、スタジオに戻って録り直したりしたので(笑)。負けず嫌いなんでしょうね」
――健全なライバル心があるというか。
「岸本くんはすごくおもしろいキャラクターをしてますよね。いい意味で自分に自信があるんだなと思ったのは、彼のピアノ・ソロを録った後に、こちらが問いかける間もなく〈今のは良かったですよね〉って自分で言ってて(笑)。普通は〈どうですか?〉って言うと思うんだけど、岸本くんは率先してみずから〈今のテイクは良かった〉って。すごい自信家だなと思いますよ。ハービー・ハンコックでも言わないんじゃないかって(笑)」
――そういう、個人のキャラがより色濃く出る方が、われわれリスナーは楽しいです。バンドでいうとStill Caravanも平戸さんがその中に入って弾くというコラボのやり方ですか。
「そうですね。彼らに関しては、それまで一緒に演奏させてもらったことはなかったんですけど、存在は知っていて、すごく勢いのあるバンドだなと思っていました。彼らもジャズをキーワードにして作品を作ってるので、今後のイヴェントとかで一緒にやれるのをすごく楽しみにしていますね」
――あと、個人的にはADAM atさんとの“The Lust”がすごく良かったです。ポップ畑でも活躍する人だから、音に解放感があって、パッと開けるような明るさがあって。
「ADAM atもお会いしたことはなかったんですけど、音源を聴かせてもらって一緒にやりたいと思ったアーティストですね。彼をサポートしているJABBERLOOPの永田(雄樹)くんを通じて知り合うことができたんですけど、すごく精力的に活動していて、勢いがありますし、素晴らしいと思います。さっきのStill Caravanもそうですけど、僕よりは一世代か二世代下ですよね? ある意味僕もそういう年になったのかなと思いますけど、世代の違う人たちと一緒にやるとすごく刺激を受けるし、楽しいですね」
――アルバムは最初と最後、そして中盤に平戸さん単独の曲があって、それがいい感じのインタールードみたいになっている。アナログのA面からB面みたいな、心地よい流れを感じました。
「あ、本当ですか。それはきっと、今回はチームで作った作品だと言いましたけど、打ち込みを担当してくれた2人が凄腕だからですね。音質とかもいろいろ勉強しながらやってくれたので、その成果だと思います。僕はキーボードは弾きますけど、ドラムやベースの音色などは後ろからああしてくれこうしてくれと言ってるだけで、彼らを信頼して任せました」
――まさにチーム。
「本当に今回は、自分のこれまでのソロ作品以上に自分の持っていない発想に出会えて、いろいろ発見もありましたし、制作したばかりですけど、もう次の作品を作りたい気持ちですね。構想はすでにあるので、早く具現化したいです。(チームの)みんながちょっと休ませてくださいと言ったら無理ですけど(笑)。それぐらい僕の創作意欲をすごく刺激してくれた作品作りでしたね」

――改めてプロジェクト名の〈Prospect〉という言葉ですけど、辞書を引くと、予想、見込み、期待とかそういう意味なんですね。
「未来への展望という、ポジティヴな意味ですね。これからもジャズ以外のジャンルとの融合で新しいものを作りたいし、そこで純粋に楽しむことでいろんなものも見えてくると思うので。ジャズというキーワードはありますけど、新しいものにどんどんチャレンジしていきたいという制作チームなので、前途洋々だよということが〈Prospect〉という言葉に反映されてると思います」
――そしてタイトルが〈HERITAGE〉=遺産というのもおもしろいです。
「そこはプロデューサーがすごく考えてくれたと思うんですね。僕がソロでこれまでに出した2作品『Speak Own Words』と『Voyage』での、ジャズの先人たちをリスペクトしつつ、新しいものをクリエイトしていきたいという信念をすごく理解してくれていて。〈HERITAGE〉というのも、ジャズの偉人たちが残してきた遺産をリスペクトしつつ、ジャズ本流のカルチャーをこれからも大切にしていきたいという意思が反映されてるんです。だからこれから、僕自身がいちばん楽しみですね」
――ひとつ、大きな話をしていいですか。平戸さんはジャズの現在をどう見ていますか。本流はどこにあるのか、未来はどうなるのか。
「quasimodeがやってきたダンサブルなジャズ、クラブで踊れるジャズは、残念な言い方をすれば一旦終息したと思っているんですね。そこから今、新しいものをみんなが模索している時代だと思うんですよ。ただ僕は50~60年代のジャズが好きなので、これからのジャズをもっと良くしていこうと思った時にいちばん思うのは、素直に自分を表現していくことが必要なんじゃないかなと。何が良くて何が悪いかはこれからやっていかないとわかりませんけど、僕も40歳になって、自分がやってきたものに100%偽りなく音を出したいと思うんですよね。20代、30代はいろんなものを融合して、周りの先輩の目を気にしたりとか、そうやって作ってきたものが大きいと思うんですけど、40代になると〈もういいじゃん〉と。周りにどう思われようが、自分の道をドン!と行くという年代に差し掛かってきてると思うので、シーンがうんぬんとかはもちろんありますけど、まずは自分の信念を持って作品を作っていくこと。それによって、今回はCASIOのみなさんがバックアップしてくれたし、僕がブレると周りもブレちゃうと思うので、芯をしっかり持ちつつやっていきたいと思いますね」
――頼もしいです。
「quasimodeの時から言っているんですが、ジャズってある意味マニアックなジャンルではあると思うんですね。ポップスに比べると、聴いてる人のパイは少ない。それを大きくするためには、僕らが努力していかなきゃいけないし、その状況を〈しょうがない〉の一言で済ませてはいけない。アーティストが努力しないと、シーンも衰退していくだけだし、それを〈若い奴がCDを買わない〉とか〈デジタル時代だから〉とかそういう理由じゃなくて、自分たちがどうやったら受け入れてもらえるのかを模索していかないと。それがアーティストの考えるべきことだと思うんですね。だから今回も配信だけじゃなくてしっかりCDも作って、アナログも出そうかなという話をしていますし。もう一度、音楽を聴くカルチャーをきちんと提案できたらいいなと思っています」
――Yusuke Hirado Prospectの音楽を、初めて耳にする方へ。どんなリスニング・スタイルをお勧めしますか。
「デジタルでもCDでもアナログでも、いろんなロケーションで聴いてもらいたいですね。車の中でも、家で針を落としてもらってもいいですし、聴きたい時に聴いていただきたいなというのはありますけど、どちらかというと昼に聴いてほしい思いはありますね。ジャズ=夜というイメージがすごく強くあるので。もちろん夜もいいんですけど、昼の太陽がさんさんと降り注いでる時にも聴いてほしい。ジャズ=夜というのもスモーキーでかっこいいと思うんですけど、そういうイメージも変えたいんですよ。ジャズ=サンシャインもいいじゃないですか? そういう概念も少しずつ、崩せるところは崩していきたいなと思ってます」
Live Information
Yusuke Hirado Prospect
〈~Corona Extra presents~ Mellow Trip in zushi surfers powered by CASIO Sound Tradition〉
2017年8月16日(水)@神奈川zushi surfers
〈インストア・ライヴ〉
2017年8月24日(木)@タワーレコードららぽーと磐田店
2017年8月25日(金)@ヴィレッジバンガード名古屋中央店
2017年8月26日(土)@HMVグランフロント大阪店
2017年8月27日(日)@タワーレコード広島店
2017年9月2日(土)@タワーレコード横浜ビブレ店
2017年9月8日(金)@タワーレコード福岡天神店
2017年9月18日(月)@タワーレコード渋谷店
2017年9月23日(土)@タワーレコード仙台パルコ店
2017年9月24日(日)@タワーレコード札幌ピヴォ店