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混沌とした感情も、歌にするときは〈光っぽい何か〉に変換させたい

――平賀さんのブログ〈キッチンについて〉をそのあたりの時期から読み進めていくと、そうした心境の変化がなだらかに起きているのを察せられました。ただ、実際の制作に向かうのにはちょっと時間がかかったんじゃないですか?

「うん、そうです。全然取り掛かれなくて。でも、ここ1、2年でどんどん良いバンドが活躍しはじめたじゃないですか? それをずっと遠くで見ていたこともあり、2016年の年末あたりに、自分のなかで〈ここでやんなきゃダメだな〉という気持ちが出てきた。その勢いで取り掛かりました」

――若いバンドの躍進が刺激になった、と。

「とにかくこの1、2年でいっぱい出てきましたよね。彼らが音楽の世界を活発にしてくれているし、私もそれを見ていて〈仲間に入りたいな〉〈切磋琢磨したいな〉と思ったんです。2014年頃は、張り合い精神とか全然出なくて、なんかこう〈やる気〉みたいなものも出なかったんですよ。でも、最近の音楽シーンを見ていたら、〈負けたくないな〉みたいな気持ちになったし、〈私も絶対にアルバムを出す〉となって、実際に完成できた。だから、本当にここ最近活躍しているバンドさんには、〈凄いなぁ〉とか〈ありがとう〉とか思っています。自分をこんな気持ちにさせてくれて」

――今作を聴いて、バンドの演奏も魅力的だと感じたんですよ。ボサノヴァ風の“帰っておいで”やソウル~AOR的なグルーヴ感が格好良い“春一番の風が吹くってよ”など、親密さや体温の心地よさみたいなものが音自体に宿っている気がして。こうしたサウンドには、メンバーと制作していくなかで辿り着いたんですか?

「えーと、曲自体にはすべてざっくりしたイメージがありました。まずそれを伝えたんですけど、私はドレミファソがわからないから理屈的な……音楽的なアドヴァイスをどんどん言ってもらって、より良いものも提案してもらって、という感じ。その人たちの味をいただきました。〈まっしろな気持ちで会いに行くだけ〉というタイトルが最初に決まっていたから、それに合うアルバムになればいいなという気持ちでしたね」

――実際、アルバムのなかでも〈まっしろ〉や〈白〉という言葉が……。

「多いですよね(笑)。でも、意識していたわけではなく、気が付いたらそうなっていたんです」

――〈キッチンについて〉を読んでいて、この数年間は平賀さんが〈まっしろな気持ち〉に辿り着こうともがいていた時期だったのかなとも思ったんです。その場所に到着できたことで、今作を作り上げることができた気がした。”帰っておいで“でも、〈その幸せとはなんにもないまっしろな日々のこと〉と歌われていて。

「この取材の前にも、何本か新作のインタヴューを受けたんですけど、〈この歌詞は生活が落ち着いていますね、平賀さん〉みたいに言われたんです。でも、書いていた本人としてはそんなことなかったから〈いや、生活も精神もすごく不安定だったんですよ〉と返して(笑)。今年の夏に書いた歌も入っているけど、4、5年前――不安定な精神だったときの曲も収録していますしね。でも、出来上がった歌を聴いた人は、そんなふうに感じないみたいだから、音楽って不思議だなと思います」

――平賀さんとしては、グチャグチャな精神をそのまま歌にすることには抵抗があるんじゃないですか?

「アーティストによっては歌詞に〈バカ〉とか〈死ね〉とか入れられる人もいて、私はそういう人たちのことを〈凄いな、素直だな〉と思うんです。私には歌にそんな言葉を使える〈素直さ〉がないし、自分のグチャグチャした感情を歌うことはできない。それを〈光っぽい何か〉に変換させて歌にするのが好きだから。混沌を混沌のまま出せる人は、凄いなと思います。自分にはできないことだから」

――それができる人だったら、もっと早くアルバムを出していたかもしれないですね。

「そうですね。でも混沌は混沌のまま出せないよね、自分の場合は」