順調に見えていたキャリアの影に隠されていた葛藤の季節。そのなかでもなお穏やかさを失わない歌声は、きっと、丁寧に日々を生きるための光になる――
カントリー、フォーク、歌謡曲のテイストがきわめてナチュラルに反映されたソングライティング、クラシック・ギターとヴォーカルを中心に据えた素朴なサウンドメイク、そして、四季の美しさと今を生きる女の子たちの健気な思いが伝わる歌。平賀さち枝のセカンド・アルバム『まっしろな気持ちで会いに行くだけ』は、丁寧に日々を生きている人にしか生み出せない、繊細で穏やかなポップス作品に仕上がった。
2013年にシングル『ギフト/いつもふたりで』をリリース後、2014年にはHomecomingsとのコラボ作“白い光の朝に”を発表するなど、着実に活動を重ねていたように見えた彼女。しかし、その内面には大きな葛藤が渦巻いていたという。
「お客さんが私のことを〈さっちゃん〉って呼んでくれるのが嬉しくて、だから『さっちゃん』(2011年)というタイトルのアルバムを作ったんですけど、だんだん〈さっちゃん〉という人が偶像みたいに思えてきて。聴いてくれる皆さんからの〈さっちゃんはこうあってほしい〉というイメージを受け入れ切れなくて、しんどくなっちゃったんですね。でも、今年に入ってから、〈さっちゃん〉と自分自身を切り離せばいい、私は〈平賀さち枝〉をやればいいんだと思えるようなって、すごくラクになったんです。今回のアルバムに入っている“10月のひと”は、10月生まれの私自身のことを歌ってるんですけど、私が〈さっちゃん〉に向けて書いてるところもあって。お母さんの目線に近いかもしれないですね」。
その後、彼女は「音楽の技術よりも身体を整えるほうが先だと思って、運動と食事を見直しました」と音楽に向き合うための準備をしたという。まさに〈まっしろな気持ち〉で制作された本作には、軽やかなメロディーと〈春の嵐に包まれてあなたが喋り出す〉というフレーズが心に飛び込んでくる“春の嵐”、〈今年もまた/大切なあの人の笑顔が輝くよう〉と歌う弾き語りナンバー“あけましておめでとう”、夏の朝の幸せなシーンを切り取った“夏の朝にはアセロラジュースを”など、四季の美しさ、日々の生活のなかにあるちょっとした希望を描いた楽曲が収められている。女の子に対する優しい視線が感じられるのも、本作の特徴だろう。
「季節を問わず、1年を通して聴いてほしいんですよね。今は夏が終わって寂しいけど、秋になれば美味しい鍋が食べられるし、可愛いマフラーも巻ける。冬になったらクリスマスやお正月がある。そういうことが希望になると思うし、それを歌にしたいので。あと、何となく〈女の子に聴いてほしい〉という気持ちもありました。Instagramとかを見ていると〈この子、問題を抱えてそうだな〉と感じることもあって。私もそうですけど、女の子は周りと自分を比べて病みがちだちだと思うんです。このアルバムが、そういう子たちにとって何かの助けになったら嬉しいですね」。
今回のレコーディングには、Taiko Super Kicksの樺山太地(ギター)、1983の新間功人(ベース)と谷口雄(キーボード)、ショピンやBURGER NUDSで活動する内田武瑠(ドラムス)といったミュージシャンたちが参加。カーティス・メイフィールド“Tripping Out”あたりのリズムを想起させる“春一番の風が吹くってよ”など、多彩な音楽性に根差したアレンジを体感できるのもこのアルバムの魅力だ。そこには〈自分が良いと思うことを素直にやるべき〉という意志も込められているようだ。
「ここ1~2年で音楽業界の風が変わったと思っていて。〈良いな〉と思うミュージシャンもたくさんいるし、CDショップに行くと〈ここに私のアルバムが置かれたら、どんな感じだろう? 負けたくないな〉と切磋琢磨したい気持ちにもなって。自分のオリジナリティーをどんどん出していい時代だと思うし、聴いてる人たちもそれを求めている気がするんですよね。私も自分らしさをしっかり出して、みんなに受け入れられるような音楽を作っていきたいです」。
「自分自身が混沌としていても、それを歌のなかに出すことはできない。歌は〈光〉にしたいんです」と、笑顔で話す平賀さち枝。この『まっしろな気持ちで会いに行くだけ』における、丁寧で穏やかな歌には、世知辛い日常を落ち着かせてくれる優しい力がしっかりと宿っていると思う。
関連盤を紹介。
丁寧に積み重ねられてきた平賀さち枝のディスコグラフィー
本稿では、平賀さち枝のこれまでのリリース作品を振り返ります。まず、CDデビューは2011年のファースト・アルバム『さっちゃん』。柔らかく爪弾かれるガット・ギターと、素朴かつ素直な歌声が紡ぐフォーキー・ポップは、控えめな佇まいながらも口コミで広がり、各所から絶賛を寄せられることに。そして、翌2012年にはミニ・アルバム『23歳』を発表。田中馨(ベース)、内田武瑠(ドラムス)、野村卓史(キーボード)を迎えてバンド録音となったこの作品でも、涼やかに吹き抜けるような春風ヴォイスは健在。リラクシンなサウンドのなかで柔軟なメロディーを解き放っています。
また、やけのはら『SUNNY NEW LIFE』へのヴォーカル参加を挿んで1年半ぶりに到着したのは、oono yuukiや中川理沙(ザ・なつやすみバンド/うつくしきひかり)といった身近なミュージシャンをバンド・メンバーに招いて制作された両A面シングル『ギフト/いつもふたりで』。ヴィジュアル面の変化にも驚かされた本作は、お酒の席での失敗を朗らかなポップソングへ転換した“ギフト”、それまでの彼女のイメージに直結するジェントルなミッド・チューン“いつもふたりで”というメインの2曲のほか、踊ってばかりの下津光史が作詞/作曲を担った“四季の唄”などより多くのリスナーへと目を向けた全4曲を収録。その意識は、やや抽象性を強めて間口を広げた歌詞にも表れています。
そうした自身名義の作品を経て完成したのは、平賀さち枝とホームカミングスとしてのコラボ・シングル“白い光の朝に”。共作された表題曲は、まさに両者の美点をクロスさせたカントリー×ギター・ポップなナンバーで、甘酸っぱいノスタルジーを連れてきてくれます。加えて、2016年にはNegiccoのアルバム『ティー・フォー・スリー』において“虹”の作詞/作曲を担当。Kai Takahashi(LUCKY TAPES)のアレンジでソウル・ポップ風味となった同曲は、平賀も新作でセルフ・カヴァー。クラシック/エレキ・ギターのみを伴った弾き語りに近いヴァージョンとして披露されています。 *bounce編集部
関連盤を紹介。
