誰かが使わないとなくなる言葉 少数言語の単語帳

 限られた地域で数少ない人々が用いている少数言語が消えていっているそうだ。誰かが使わないとなくなる言葉があるなんて考えたこともなかった。言葉は文字になると、ここにいない多くの人たちともコミュニケーションできるから、インターネットを覗けば誰もが言葉に触れることができる。だから多くの人にわかる言葉である必要があって、一部の人にしかわからない言葉はだんだん肩身がせまくなる。わかる。だがしょうがなくない。知っておくこと、知っておくと世界が広がること、耳慣れない言葉たちからその暮らしに思いを馳せること、が、なにげない発想や感覚に、少なからず良い要素をもたらすはず。ということをさりげなく教えてくれる丁寧な印象の本を編集長が発見してきた。

吉岡 乾,西淑 なくなりそうな世界のことば 創元社(2017)

 言語学を研究する吉岡乾(よしおか・のぼる)が、各言語の研究家たちから世界の50の少数言語の単語を集め、肩の力の抜けたなんとも人懐こい文章と解説、そしてイラストレーター西淑(にし・しゅく)の温かいタッチの挿絵で、一語一語紹介する。約75億の地球の人口の中のたった90万人が使うペルーのケチュア語で〈ルルン〉とは〈農作物が大量になっている様〉を表す言葉。アイヌの人口は10万くらいだが流暢なアイヌ語の話者数となると5人ほどだそう。

 寒い土地には寒い土地だからこそ必要な言葉がある。電気の通っていないインドネシアのフローレンス島で用いられるラマホロット語には〈デゥバッ〉という〈手などの触覚を利用して何かを探す〉という意味の言葉があるし、湿った土地、風の強い土地、雨の多い土地、それぞれに必要な、会話する必要のある言語が生まれ、使われていく。

 言語が声として発されるとそこには人の温度が乗る。発声することが面倒になってしまうほどに科学の発展は止まらないが、その言葉のそばには対面があり感情がある。自分以外の誰かをおもいやって発される言葉は、科学の発展には成しえない尊いものかと思う。というわけで、しょうがないわけがないのだ。