その街に本当に触れる、ということ
金沢ほどアクセシビリティが良い街は少ない。
北陸新幹線がもたらした快適な交通手段のことを指しているのではない。洗練された文化施設と美しい景観の庭園が駅から近い場所にあり、着付け込みのレンタル和服で散策ができるし、和菓子づくりや金箔細工などの伝統工芸も体験できる。贅沢をしようと思えばそれに応える食材も料理人も充分にあり、ひと工夫こらされた手頃なお土産にも事欠かない。つまり「金沢に来た」という実感を得る手段が豊富で、しかも整備されているのだ。
けれどもアクセシビリティの良さは、諸刃の剣でもある。つるりと滑らかな表面に触れただけで満足して帰る人が多い、ということでもあるからだ。
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2017年11月3日から5日まで、金沢21世紀美術館を中心に開催された『カナザワ・フリンジ』は、そのジレンマへの突破口を開く小さいが重要な一歩だった。
日本各地で次々と芸術祭、アート・フェステバルが実施されている今日、前夜祭を入れても4日、プログラムは5つという『カナザワ・フリンジ』は、最小規模と言っていいだろう。だが内容は、参加者が金沢と向き合うことの一点に向けて設計された、深度、強度のある芸術祭だった。
大きな特徴は、5人のディレクターがそれぞれ一緒に作品をつくりたいアーティストを選び、ディレクター×アーティストのスタイルで作品を制作、発表すること。これは、この芸術祭の総合プロデューサーであり、自身もディレクターのひとりとして創作にも関わった黒田裕子(金沢21世紀美術館)の発案による。黒田以外のディレクターは金沢市内でアート系NPOなどに関わる人たちだが、選ばれたアーティストは、活動拠点を金沢に限定せず、国内外から招かれた。
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たとえば、稲田俊輔(料理人)×上田陽子(金沢アートグミ)の『TEI-EN Bento Project』は、金沢料理に感銘を受けた外国人シェフがつくった、という架空の物語から生まれたお弁当を参加者が実際に食べる内容。食という日常的な行為を通して、食と伝統、食と情報など、いつの間にか信じ込んでいた常識を考え直す時間になった。なかむらくるみ(ダンサー)、村住知也(美術作家)×山田洋平(山田企画)の『アーティストの目』は、なかむらが市内の障害者と行った『彼らの特徴とその理由』が素晴らしく、観客に配布した「チャームポイントを見せる」などのメニュー表に沿った動きをパフォーマーが披露し、観客が障害者の個性をじっくり味わうというプログラムは忘れがたい。
このほか、ブライアン・ロベール(アーティスト)×黒田裕子(金沢21世紀美術館)の『Fun with Cancer Patients がん患者とがんトーク:金沢編』、ウェイ・シンエン(アーティスト)×齋藤雅宏(Kapo)の『Walk with Me』、新人Hソケリッサ!(パフォーマー)×中森あかね(Suisei-Art)の『あさのがわのいえ』が上演されたが、すべてが少人数の観客を対象にしたインタラクティブな内容で、参加者の個人的な領域に「金沢の人、もの、場所」を有機的に作用させるプログラムだった。つまり、つるりと滑らかな金沢のイメージの下にあるものを、アートの形で提示した。
地名だけ入れ替えるとどこでも販売可能なお土産用のお菓子がある。残念ながら芸術祭にも、開催地との関連性が希薄なものが少なくないが、『カナザワ・フリンジ』は間違いなく、金沢に行かなければ感じること、考えることのできなかった痕跡を残した。
photo 1,2,7,9,10,11,13,15,16,17 IKEDA Hiraku /3,4,5,12,18 Christa Holka
『前夜祭』1,16/『TEI-EN BENTO PROJECT』2/『Fun with Cancer Patients がん患者とがんトーク:金沢編』3,4,5,12,18/『Walk with Me』6,8/『あさのがわのいえ』9,10,11,13/『アーティストの目』7,14,15,17