Who's That Girl?――おそらくまだ世に知られていない、だからこそ無限の可能性を秘めたシンガーを紹介しよう。彼女の名前は、叶~kanae~。14歳で歌手を志し、ジャズ、クラシック、ロック、J-Popなど心の赴くままに音楽性を拡げ、一方で音楽療法士として養護施設などで歌ってきた、貴重な経験の持ち主だ。それゆえ引き出しが多く、現場で鍛えた表現力豊かな歌声には、有無を言わせず耳を惹きつける何かがある。

 「いちばん影響を受けたのはaikoさんですけど、好きなのはユーミン、ビートルズ、ジャクソン5、ガンズ・アンド・ローゼズ、ナット・キング・コール……クラシックも聴きますし、好きなものが多いんですよ。音楽療法士の活動をしていた頃は童謡も歌いましたし、本当にいろんな自分がいるんです。私はずっと人の心に寄り添い続ける音楽をやりたいと思ってるから、ジャンルにはこだわらないですね」。

 2014年に初めてリリースした2枚のシングルのうち、“Gitanes and Jane”は大ファンだというセルジュ・ゲンスブールとジェーン・バーキンがモチーフで、“目線シャッター”は趣味のカメラがテーマ。サウンドの幅広さもさることながら、独特の語彙と、ファンタジーを多分に含んだ歌詞が彼女の大きな魅力だ。

 「絵本を読むような、物語のある方向性で行きたかったんです。でも自分のなかで好きなものがどんどん変わっていくので、書き方も変わっていくんですよね。アルバム『SPICA』(2017年1月)はクラシック寄りの作品ですし、今度の“低気圧ガール”ではいきなりロックになっていて(笑)。自分の中では、そのときに好きなものを詰め込んで表現しているという感じです」。

叶~Kanae~ 低気圧ガール Origami Crane(2018)

 その“低気圧ガール”は、低気圧頭痛に悩む彼女にかけた〈そういう曲を作れば? 山下達郎さんの“高気圧ガール”もあることだし〉というスタッフの軽いひと言から、瓢箪から駒が出るように生まれたロック・チューン。一発録りにこだわった小気味良いバンド・サウンドに乗ったパワフルな歌声と、キャッチーな表現の中に強いメッセージ性を含む歌詞に注目だ。

 「低気圧が近づいて頭痛がするのと、彼に会いたいのに会えない夜は頭も心も痛いのと、2つのテーマを重ね合わせて書きました。誰しもが経験したことのある日常のお話で、仕事をしているカップルは平日には会えなくて、土日に会ってると思うんです。月火水木金と5日間も彼に会えなくて、しかも低気圧が近づいて頭痛がしたらもう最悪!っていう感じなんですけど、だからこそ平日を頑張って土日で輝いてやろうじゃん!という歌です。働くOLさんと、低気圧に弱い女性に向けた応援ソングですね」。

 こだわりは、好きだよ、会いたい、愛してる……とか、ベタな言葉を多用しないこと。自分にしか歌えない語彙を駆使して、恋する女性の共感を引き出すスタイルは、リスペクトするaikoにどこか通じるところがある。だがそれは技巧ではなく、彼女の奥底から出てくる必然だということは、あらかじめ念を押しておきたい。

 「余談かもしれないですけど……私はパニック障害で、Twitterで繋がっている人のなかにも、同じような症状の人がすごく多いんです。そういう人にも届けたいなと思ってるんですよね。私の歌で、少しでも心に寄り添うことができますようにと思ってます。私も音楽を作ることで癒されてるから、聴いてくださる人も癒されてほしいので」

 うまい、すごいと言われるよりも「この曲好き、と言われたい」という叶~kanae~にとって、音楽は生きることそのもの。次はセクシーなジャズ・アルバムを作ってみたいと、早くも新しい夢を語る、その姿勢はどこまでも柔軟で前向きだ。心に寄り添う歌を歌う、叶~kanae~という名前を覚えてほしい。

 


叶~Kanae~

音楽大学を卒業後、2007年頃から都内のジャズバーを中心に歌手活動を開始。音楽療法士の資格を持ち、介護施設や養護学校などでも歌う傍ら、仮歌シンガーなどスタジオワークのキャリアを積む。2014年1月に自主制作によるシングル“目線シャッター”“Gitanes and Jane”の2作を発表。2017年1月にはレーベル、Origami Craneの第1弾リリースとしてアルバム『SPICA』をリリース。同年4月に同アルバムのレコ発ワンマンを東京・月見ル君想フで開催したほか、〈風音〉と題したアコースティック・スタイルの定期イヴェントも継続中。自身のバースデーとなる2018年1月12日に、初の全国流通盤となるニュー・シングル“低気圧ガール”(Origami Crane)をリリースする。