稀有な体験を糧に唯一無二の視点からのすぐれた音楽論
十数年前のAYUO(高橋鮎生)とのインタヴューで、幼少~思春期における数々の驚くべき体験を聞いた時、これは絶対に本にすべきだと彼に言った。
後に彼が自身のHPで自叙伝風に当時のことを書き始めたのはその結果、などと傲慢なことは言わないが、随時アップされる文章を私はいつもワクワクしながら読んできた。そしてこのたび遂に、それらの原稿を核にして1冊にまとめたのが本書である。
とにかく理屈抜きに面白い。体験してきた内容があまりにもレアであり、語り口が真正直すぎるから。
1960年東京で、作曲家・高橋悠治と妻・歌子(現在は占星術家)の長男として生まれた鮎生は、小中学校時代のほぼ10年間をニューヨークで暮らし、その後帰国して音楽家への道を独力で切り拓いてゆくわけだが、このNYでの10年間の様々な体験こそが音楽家鮎生の根幹を形成したのだった。フィルモア・イーストでジェファーソン・エアプレインを観たり、ヴィレッジ・ヴァンガードでホレス・シルヴァーと仲良くなった7~8才の子供なんて、世界中で彼だけだろう。その他、横尾忠則と一緒にジェスロ・タルを、小澤征爾とザ・フーをといった具合に、ありえないようなライヴ体験を鮎生少年は重ねてゆく。
どの曲をどの位置で観たといった記憶の詳細さにもびっくり。少年が周囲で見聞き、あるいは体験したドラッグやセックスにまつわる様々なエピソードもかなり刺激的で、サイケデリック文化の実相がリアルに伝わってくる。
そして単身帰国後に一緒に暮らし始めた父はといえば、政治運動に没頭するあまり、音楽だけでなく育児も半ば放棄。結局鮎生は父の思想にあらがうこと叶わず高校を中退、一人で生きてゆくことになる。吉祥寺マイナーなど、東京アンダーグラウンド・シーンでの様々な出会い(灰野敬二など)を経て、勘違い業界人たちの手引きによってメジャー・デビューしたのはいいが、「あの高橋悠治の米国帰りのアカデミックな息子」という誤解と日本語の不自由さからくるコミュニケイション不全が常に彼を苦しめるのだった。そんな中で、中世音楽や各種伝統音楽などを取り込んだ独自の世界を確立してゆく彼の後ろ姿は、あまりにも孤独である。「OUTSIDE SOCIETY」なるタイトルからは、二重にも三重にも、常に「外部」にひとりポツンとたたずんできたという彼の心情が伝わってくる。
これは「高橋鮎生」ではなく「AYUO」という名前にこだわる音楽家のスリリングかつショッキングな人生物語である。が同時に、ジョン・ケイルとの対話とかカール・ユングや神話や言語に関する深い考察なども含め、すぐれた音楽論にもなっている。大推薦。映画化希望。