境界を照射する演奏から聞こえる豊穣と抒情

 ホッピー神山とAyuo。1960年生まれの2人のアーティストがそれぞれ聞き応えのあるアルバムを発表した。どちらも比較的近年の作品を集めたものだ。

 ホッピー神山は、PINKやPUGSといった先鋭的なグループの元メンバーとして、また、小泉今日子、氷室京介、戸川純ら無数のアーティストや演劇、映像、舞踊の音楽のプロデュース/作/編曲者として知られている。形式にとらわれない即興音楽の演奏家であり、現代音楽の作曲家ではベリオ、シュトックハウゼン、クセナキス、カーゲルなどからも影響されたという。環境問題をはじめ、世界の出来事に関する発言も少なくない。自身のレーベル〈ゴッド・マウンテン〉では海外を視野に入れた音楽を紹介し続けていて、『界』はその最新作だ。

ホッピー神山 『界』 God Mountain(2024)

 アルバムは、日本ガイシのCMに使われた音楽をフル・ヴァージョン化した“earth bird”からはじまる。CMはセラミックによる環境への貢献を訴える映像に、グランドピアノやフルートで構成したミニマルな音楽を合わせたものだった。

 そのピアノのフレーズを転調したり、細分化したり、フリーキーなサックスをからめたりして変化をつけ、より立体的に楽しめるようにしたのが“earth bird”だ。もとは10年以上前に作られた素材だが、数年前に再構成されたこの曲の演奏には時代を超える強さがある。

 花柳歌七郎の女形舞のための美しい即興演奏“accoon”と一連の素晴らしい即興演曲がそれに続く。これらはモーグ社のピアノ・バーをつけたピアノで演奏されている。ピアノ・バーはピアノに装着すると、1台で臨機応変に音を変えて演奏したり、シンセ的な和音をつけたりできる装置だ。

 即興では豊穣な音の遊びが展開される。たとえば“habitus”は金属的な響きが印象的なアンビエント。“Kai”は超絶技巧のピアノ演奏とシンセ的な穏やかな和音の広がりが交互に現れる曲。“accoon”や“COGITO”では、無心の即興の中に和を感じさせる旋律や躍動的なリズムが顔を出す。

 即興音楽といえば混沌としたイメージを思い浮かべる人が多いかもしれないが、このアルバムの作品は耳になじみやすい。聞いていると、即興とは何か、作曲とは何か、音楽の境界とは何かと考えさせられる曲ぞろいだ。他に現代舞踊集団Baliasiの映像作品のための曲やダニエル・ジョンストンへのトリビュート曲もある。

 Ayuoは少年時代をヨーロッパ各地やニューヨークで過ごした後、これまでに即興、プログレ、サイケデリック、ワールド、現代音楽、アンビエントなど、さまざまな領域の音楽を発表してきた。灰野敬二、ピーター・ハミル、坂本龍一、ジョン・ゾーン、ヤドランカ、太田裕美、沢井一恵など接点を持つアーティストも多岐にわたっている。

Ayuo 『ayuo.bandcamp.com』 Ayuo Music(2024)

 『ayuo.bandcamp.com』は彼がバンドキャンプにアップロードしている音楽から「個人的に最も好きな曲をまとめたコンピレーション盤」で、具体的には“Open Tuning Guitar Songs”“Music For Harp, Bouzouki, and String Instruments”“Classical Japanese Poetry Set to Original Songs”“Piano Compositions by Ayuo performed by Yuji Takahashi”の4作から曲が選ばれている。

 古い旋法に則った曲が演奏しやすいようにギターのチューニングを変えたサイケデリック・フォーク的な演奏と歌が5曲ある。マーティン・カーシー、ジョン・レンボーン、リチャード・トンプソンといったイギリス民謡(の素養を身につけた)アーティストの音楽やアメリカのブルースを聞いて、彼はギターのチューニングの変化で得られる可能性に魅せられたという。

 彼にしては珍しく日本語でうたっている曲もあり、小鳥のさえずりが入る“Koen”は、解説で離婚にふれられていることも手伝って、公園で子供と一緒に遊んだ思い出の光景が、せつない余韻を残す。

 以下、クラシック的な素養を感じさせるハープ類やストリングスの透明感のある演奏、能楽「松風」にアイリッシュ・ハープで新しいメロディをつけ、上野洋子が語る曲などが続く。

 “Theme for a Stateless Wanderer”は、2種類のヴァージョンが収録されている。この曲は、16世紀に交易のためベトナムへ渡ったが、鎖国で日本に戻れなくなった人物を描いたドキュメンタリー映画「角屋七郎兵衛の物語――ベトナムの日本町」の主題曲として作られた。

 15歳から日本に住みはじめたAyuoは、いつも「社会から文化的に締め出され」ていると感じてきたという。彼にとって、異国に住むことを余儀なくされた映画の主人公の境遇は、他人事ではなかった。ペンタトニックなフレーズをしのばせた孤独な無国籍感漂う抒情的な曲に彼が託した思いは、既存の共同体によりかからないで世界を見直し続ける意志だろう。

 彼の父の高橋悠治によるピアノ演奏ヴァージョンには凛としたたたずまいがある。一方、彼がアイリッシュ・ハープを弾くヴァージョンの軽い浮遊感は、寄る辺のなさを反映しながら、彼を追いやった近現代の国民国家の幻想と現実の制度を照射しているようにも思える。

 奇しくもホッピー神山のアルバム・タイトルは『界』。それは境界・区切りの界であると同時に、社会の内側の界、世界の界でもある。境遇や音楽は異なるが、暗黙の了解という日本社会の圧力の枠外で活動しているこの2人、発想の根っこは共通するところが少なくないのかもしれない。

 


LIVE INFORMATION
和の饗宴

2024年4月20日(土)甲府・桜座
開場/開演:17:30/18:00
出演:ホッピー神山(ピアノ/電子楽器)/花柳歌七郎(日本舞踊)/石多未知行(プロジェクション演出)
https://www.sakuraza.jp/