あなたがフラテリスのファンなら〈あれ?〉と少々困惑するかもしれないし、フラテリスを知らなければ〈へえ〉とおもしろがるかもしれない。ジョン・フラテリが送り出した7年半ぶり2枚目のソロ・アルバム『Bright Night Flowers』は、そういう興味深い一枚である。かつ前者に属する人はリリースのタイミングにも驚いているだろう。なぜってフラテリスは昨年3月に5作目『In Your Own Sweet Time』を発表し、10月末に来日したばかりなのだから。
そう、正統派のUKギター・バンドとして根強い人気を誇るこのトリオは、結成からわずか1年で“Chelsea Dagger”(2006年)をシングル・ヒットさせ、見事ブレイク。2009年に一旦歩みを止めたものの、2012年には再始動して現在も順調に活動中だ。ジョンがソロ・デビュー盤『Psycho Jukebox』を制作したのはまさにその空白の2年間だったが、フラテリスの作品にもたびたび関わっているトニー・ホッファーのプロデュースでバンドの延長線上にあるギター・ロックを志向した同作に対し、今回の『Bright Night Flowers』ではずばりカントリー・ミュージックに没入しているのである。
JON FRATELLI Bright Night Flowers Cooking Vinyl/BIG NOTHING(2019)
ジョンは曲をひとつ書き終えるとその反動でまったく異なる曲を書きたくなる移り気なタチらしく、『In Your Own Sweet Time』を作りながら「ピアノで静かな曲を書きたい」と思い立ち、いつの間にか9つの楽曲が出来上がっていたそうだ。そしてピアノとストリングスを核にアレンジを施し、時にペダル・スティールを織り込みつつ、長年コラボしているエンジニアのスチュアート・マクレディとの共同プロデュースでレコーディングを敢行。
「少なくとも半数は『In Your Own Sweet Time』からかけ離れたことをやりたいという欲求から生まれた曲だけど、説明するのは難しいね。一方では、ふたつの方向性を同時に追求する必要性を感じたと言えるのかもしれない。でも他方では、僕の思惑に関係なく曲は勝手に生まれる。そもそもソロ作品を作るつもりはまったくなかったし、自分の気に入った曲が集まっただけで、好奇心に駆られて録音したんだよ」。
こうして完成に至った妖艶な哀歌や素朴なバラードで、普段よりブルージーかつ表情豊かな声を披露しているジョン。ロイ・オービソンやグレン・キャンベル、ニール・ヤングといったレジェンドをオマージュしながら、大西洋の対岸に思いを馳せている。
「僕は音楽に関して伝統主義者であり続けてきたから、常々〈カントリー〉と呼ばれている音楽に魅力を感じていたんだ。特に歌詞の面では、際限なく遊ぶことのできるポテンシャルを備えていると思う。当時の僕は体調を崩してエネルギー値が低い状態にあったし、こういう緩いスタイルに自然と惹かれたのさ」。
実際、本作でのジョンは作詞においても新境地を拓いてストーリーテラーに徹しており、自分の居場所を探し、愛を求めて彷徨う男を演じている。往々にしてその思いは報われず、アルバム全体を支配するエモーションは孤独感とメランコリーだ。ともすれば重い作品になりかねないが、軽やかなピアノと華麗に舞うストリングスがこれらの曲に羽根を与え、ふわりとリスナーの耳へ届く。そんなコントラストに貫かれた切なくもエレガントなこのアルバムを、彼は〈プレイフル〉という形容詞で総括してくれた。
「そうは聴こえないかもしれないけど、やたらマジに受け止めなくていいとわかってさえいれば、ハートブレイクや心の痛みはプレイフルになり得る。と同時に、喜びを知るにはその対極のものを知る必要があるよね。そういう意味で、ブラックはホワイトと同じく喜びに満ちている。ハピネスしか体験できないとしたら、人生は凄く退屈なんじゃないかな」。
ジョン・フラテリ
79年生まれ、スコットランドはグラスゴー出身のシンガー/ギタリスト。2005年にフラテリスを結成し、2006年に『Costello Music』でアルバム・デビュー。2008年の2作目『Here We Stand』を経て、2009年にバンド活動を休止する。2010年にはルー・ヒッカーと始めたコデイン・ヴェルヴェット・クラブの初作『Codeine Velvet Club』を、翌年には初のソロ・アルバム『Psycho Jukebox』をリリース。2012年にフラテリスを再始動させ、昨年発表の最新作『In Your Own Sweet Time』が10年ぶりに全英チャートTOP5入りして話題を集める。このたびセカンド・ソロ・アルバム『Bright Night Flowers』(Cooking Vinyl/BIG NOTHING)をリリースしたばかり。