少し前までバンドの存続すら危ぶまれていたことが嘘のよう! 気取らず、若ぶりもぜず、気の向くままにただひたすらロックする楽しそうな3人がここに!!
フラテリスと言えば、iPodのTVCMに使われた“Flathead”を真っ先に思い浮かべる方も多いだろうか。日本では〈気取りやフラッツ〉の邦題で愛されているこの曲によって、瞬く間に時代の寵児となった彼ら。あれから12年、当時のような勢いこそないものの、しかし、現在の3人はすこぶる順調だ。メジャー・レーベルを離れ、およそ3年の活動休止期間を経て、2013年に『We Need Medicine』で帰還。実際のところ、セールス面で言えば同作はそこまで振るわなかったのだが、ローリング・ストーンズの背中を追いかけたような英国マナーのブルース・ロックが評論家筋から絶賛される結果に。続く2015年の4作目『Eyes Wide, Tongue Tied』ではデビュー作『Costello Music』(2006年)を手掛けた名プロデューサー、トニー・ホッファー(フェニックスやクークス他)とふたたびタッグを組み、チャート上でもなかなかの好アクションを見せてくれた。
「僕ら的には、〈なあ、凄いぜ、いまでもUSツアーをやれるんだな!〉って感じだよ。活動を続けられること自体が凄いんだっていう事実を、僕らは忘れてはいない。それは何の保証もないことだし、些細なことなんかじゃないんだ」(ジョン・フラテリ、ヴォーカル/ギター/ピアノ:以下同)。
こうして見事にV字回復し、2016年には『Costello Music』の10周年記念ツアーも成功させたバンドが、トニー・ホッファーと3度目の合体を果たしてニュー・アルバム『In Your Own Sweet Time』を完成。「セオリーに縛られないアレンジを試した」という前作の延長線上で、ここでも彼らは新たなことに挑んでいる。それは『We Need Medicine』のルーツ路線とは正反対のアイデアと言えるが、何でも「エキセントリックなアレンジやスタジオ・ギミックも使うことで、想像もしていなかった曲になる」ことにすっかりハマッてしまったらしい。ファルセット・ヴォイスに驚かされるオープニング曲“Stand Up Tragedy”について、ジョンはこう語る。
「もしかしたら“Stand Up Tragedy”は、多くの点でこのアルバムを要約していると言えるかもしれない。実際、今回のアルバム作り全体が遊び心に満ちていたんだ。例えば僕がこの曲を書いていた時は、自然とファルセットが口から出てきた。それまでの人生で、ファルセットで歌ったことなんて一度もなかったのに! そういったタイプの声を使うってだけでも、楽しくてたまらないんだよ。それが全体の雰囲気を定めた感じかな」。
他にも、当初はオーソドックスなカントリー・ナンバーに仕上げる予定がディスコ風に変化したという“The Next Time We Wed”、ネオロカとネオアコを折衷させたことでポールキャッツに接近してしまった“Laughing Gas”、ラーガ風のダンス・ロック“Advaita Shuffle”、エレピの音色がいかにもなファンク・チューン“I Guess... I Suppose...”、後期ビートルズを思わせる6分超えのサイケ・ポップ“I Am That”などなど、閃きに満ちた楽曲のオンパレード。ジョンの言葉通り〈遊び心〉たっぷりの一枚だ。〈気取りやフラッツ〉の頃の若さが弾け飛ぶガレージ・サウンドとは違うかもしれないが、キャリアを重ねた彼らはそれに代わる多彩な表現をモノにした。前作が受け入れられたのだから、今回はさらに多くのファンから歓迎されるに違いない。
「ついに自分が望むものすべてをテープに落とし込むことができたと感じている」と前置きしたうえで、「だけど、『In Your Own Sweet Time』を聴いていても、旅の終わりのようにはまったく思えないんだ」とジョン。おそらくリスナーも同じような感覚を抱くはず。フラテリスに終わりはない、と。そう、この3人なら何があっても大丈夫。10年後も20年後も、彼らの作る音楽に僕たちはワクワクしていることだろう。