ハイエースに筝を積んで、全国に筝の音を届けるJポップ世代の箏曲集
「まず聞き手ありき。お客さんの気持ちとシンクロして自分の気持ちを乗せていく」「壁と屋根があれば、どこでも演奏する」ことをモットーに、ハイエースに筝を積んで全国各地を行脚している土浦充が新作『琴が奏でるおめでたい調べ』を発表した。筝と琴は類縁の別の楽器だが、〈こと〉と総称されることが多いので、タイトルには琴を使っている。複数の筝を使う曲では美和円香が参加。古典曲から唱歌やポップなオリジナル曲まで幅広く取り上げた筝曲集だ。
「昭和30年代後半から50年代にかけて、現代邦楽の世界には沢井忠夫さん、野坂恵子さんなど、実力があってオーラをまとっている人たちが出てきました。日本音楽集団も誕生しました。当時の現代邦楽を聞くと、新しいものを開拓していこうという気持ちが伝わってきて、身震いするほどすごいものがあります。筝がメディアに紹介される機会も多かったんです」
注目度でいえば、沢井忠夫が〈違いのわかる男〉としてインスタント・コーヒーのCFに出ていたこともあった。しかし日本の家から畳の部屋が減っていったのと同じように、新しい筝人口は減少の一途をたどった。1970年に2万5千以上だった筝の年間生産本数は、現在では4千本を切っている。
「和楽器って何だろうと、もう一度考えたほうがいいんじゃないかと思いますね。いまは時代が一周したというか、演奏する側の意識も変わって、古典容認の動きが出てきています。長い年月引き継がれてきた古典曲が受け入れられているのは、いまの価値観を超えたものがあるからではないでしょうか」
6歳から筝にふれる一方、彼は中学校のブラスバンドでサックスと出会い、YMOの音楽を聞いて育った。筝曲を編曲・演奏するときも、メロディとコードの組み合わせを意識し、心の中で鳴っている音を即興的に出せるようにつとめる。テンションのあるコードを使うことで和楽器らしい響きを出せることもあるという。
「野坂さんに〈一音成仏〉という言葉があるんですが、奏法的には贅肉をとるというか、ポンと弾いた音に命を吹き込むというか……。抽象的な言い方になってしまいますが、一音の中に世界観、宇宙観が入れられる楽器なんですよ。それだけにつきつめた修練みたいなものが必要なんでしょうね。千段弾きといって有無を言わさず古典曲を弾き続ける修行とか、寒風吹きすさぶ中で氷水に手を入れて弾く寒稽古もあるんですよ(笑)。そこまでしろとはすすめませんが(笑)」
オーセンティックに考え、カジュアルに行動する。耳に優しい彼の音楽はJポップ世代の筝曲なのかもしれない。