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音楽と政治を切り分けないカルチャーを日本で作るために

――今回のアルバムのメッセージについてはいかがですか。〈EU離脱は人の信頼に付け込む取り込み詐欺だった/訪れたのは混乱だ〉と歌われる“Stealing The Future”みたいに、ブレグジットについて直接的に歌ったものもあるわけですが。

「(イギリスの首相である)ボリス・ジョンソンは排外主義者に支持されて当選したじゃないですか。ADFのメンバーのルーツは移民だったりして、彼らはずっとイギリスにいるにも関わらず、ブレグジットや、それを支持する排外主義者たちによって自分たちの暮らしが脅かされている。今回のジャケットはパスポートに入国拒否のスタンプが押されているわけで、彼らの現状がすごくリアルに表現されてますよね。

日本では移民問題が大きく扱われることは稀ですが、それは彼らの存在を認めない社会があるからで、昔から住んでいるにもかかわらず、よそ者扱いされ続けている人たちがいる。アメリカだってそうだし、ここでテーマになっていることは世界中にあてはまることだと思うんですよ。“Stealing The Future”はブレグジットに対しての曲ですが、〈未来を奪われる〉という感覚は、他のあらゆる問題にも共通した怒りの源なんじゃないでしょうか」

『Access Denied』収録曲“Stealing The Future”
 

――その意味では、Marsさんの現在の活動とも地続きになっている部分はあると思うんですよ。〈Save Our Space〉にせよ、現在はオンラインで展開されているサウンドデモの〈プロテストレイヴ〉にせよ。

「ADFは強い意志を持って曲のなかに政治的メッセージを入れてますけど、僕がやってるのは基本的にリリックのないインストのダンス・ミュージックで、僕はまだ自分の曲でADFのような表現をやってないんです。日本はもっと手前の段階にあると思ってるんですよ」

Mars89の2020年のEP『2020』収録曲“Goodthing”
 

――手前?

「そうですね。まずはなによりも、政治的なイシューに触れることが当たり前のことで、生活の延長のことなんだという認識を浸透させないといけないと思うんですよ。普通のことにしないといけない。今、もしも日本語で政治的トピックを扱った場合、ただ単に〈政治的なもの〉とラベリングされて終わってしまうと思うんですね」

――なるほど、とてもよくわかります。

「もちろんADFも生活の延長として政治的なメッセージに取り組んでいると思うんですけど、彼らがやってることはイギリスでは決して特別なものじゃないんですね。表現のなかで政治的なイシューを扱うことが当たり前のカルチャーのなかにいると、わざわざ自分で〈僕らは政治的アーティストです〉と言う必要もない。イギリスと日本の社会のそういう違いはあると思います」

――5月18日に発行された新聞「赤旗」にMarsさんのインタビュー記事が掲載されていましたが、そのなかで「自分で考えて、自分で行動に移してみる、自分の意見で社会とつながれる機会を僕らはつくりたいと思って活動しています」と話していて、すごくいい言葉だと思いました。なおかつMarsさんは音楽を通してそういうことを実践している。

「ADFがやってるようなことが当たり前の社会にならないといけないと思うんですよ。僕らはそのための最初の一歩を作りたいと思ってるんです。音楽と政治をわざわざ分けて考える必要がないカルチャーと、そこから出てくる表現を理解するためのステップが、まだまだ日本では必要。ヒップホップもそうですけど、自分の日常を歌っていると、リリックの内容にポリティカルな要素が現れるのは当たり前だと思う」

――今回のアルバムはコロナ禍以前に作られたそうですけど、コロナの時代に入っても生々しさを失わないところもADFらしいんですよね。混乱のムードを突き抜けていく感覚があって、こんな時代だからこそADFが必要だな、と感じました。

「確かに今回のADFにはエンパワーメント効果がありますよね。なおかつ身体を動かすことへの欲望もしっかり刻み込まれている。ブレグジット以降の世界に、ADFがこういう音とメッセージで戻ってきたのは重要なことだと思います」