エイジアン・ダブ・ファウンデーション(以下、ADF)の新作『Access Denied』は、ブレグジット(イギリスのEU離脱)以降のイギリス社会の姿が写し込まれたADFならではのアルバムだ。93年にロンドンの南アジア系コミュニティーで結成された彼らは、イギリス社会のなかでアジア系住民が置かれる立場を常にメッセージに刻み込み、イギリスのサウンドシステム・カルチャーを通じてそれを表現してきた。
ADFというとプライマル・スクリームのオープニング・アクトを務めるなどセンセーショナルな登場をはたした90年代後半の諸作品が印象に残っている方も多いかもしれない。だが、近年はマチュー・カソヴィッツの映画「憎しみ(La Haine)」やジョージ・ルーカスの映画「THX 1138」に合わせて演奏するライブ・スコアの公演を精力的に行うほか、一時バンドを離れていた結成メンバーのドクター・ダス(Dr Das、ベース)も2013年に復帰。バンドとしては完全に好調期に入っている。
ジャングル~ドラムンベース、ダンスホール~ダブ、バングラ・ビートを混ぜ合せた彼らのスタイルは世界中から支持を集めてきたが、そのことを証明するように、今回の新作『Access Denied』には多種多様なゲストが参加。パレスチナ/ヨルダンにルーツを持ち、シャムステップという独自のサウンドを標榜する47ソウル、チリの社会派ラッパーであるアナ・ティジュ、オーストラリアのダブFXが招かれているほか、スウェーデンの環境活動家としていまや〈時の人〉となっているグレタ・トゥーンベリの言葉もサンプリングされている。
『Access Denied(アクセスは拒否されました)』というアルバム・タイトルに凝縮されているように、ここには世界の分断と混乱が描き出されている。そんな本作の魅力について、今回はDJ/プロデューサーのMars89に語ってもらうことに。ブリストルの異端ダブ・レーベル、ボケ・ヴァージョンズ(Bokeh Versions)から作品を発表するなど国際的な活動を展開する一方で、新型コロナウイルス感染拡大防止のため営業停止を行う文化施設に助成金交付を求める活動〈Save Our Space〉にも関わってきたMars89。ベース・ミュージックを基盤に持つ音楽性はもちろん、ポリティカルなメッセージを発信し続ける姿勢もADFと通じているように思う。彼は『Access Denied』をどのように聴いたのだろうか?
ASIAN DUB FOUNDATION 『Access Denied』 ADF Commuications(2020)
ADFの音には マイノリティー・コミュニティーの匂いがある
――MarsさんがADFを初めて聴いたのはいつごろなんでしょうか。
「おそらく中学か高校の頃、タワレコかHMVの店頭で聴いたのが最初だったと思いますね。僕が中学のときはリンキン・パークが流行っていて、ADFもそういうミクスチャーの流れで聴いていたと思います。ただ、そのときは強く印象に残ったわけじゃなくて、ちゃんと聴き出したのはもっとあと、2010年ぐらいだと思います」
――ということは、MarsさんがDJを始めたあと※ですよね。
「そうですね。ジャングルやドラムンベースを聴きはじめてから、DJ目線でもう一度聴き直したんです。プロディジーなんかと一緒で、バンド・サウンドの延長上という感覚がありましたね。なおかつ民族的要素が強いという。ただ、おもしろさは感じていました」
――それはどういうところでしょう?
「バグの『London Zoo』(2008年)が出た頃、ダブステップと民族的要素が混ざり合った作品がいろいろと出てきて、その流れでADFを捉え直すような感覚があったんですよね。ジャンルとしてのミクスチャーというより、カルチャー的なミクスチャーのおもしろさというか。ダブステップって中東~アジアっぽいサンプルを使ったものもありますし、ADFにそういうものの原型を見ていたんだと思います」
――実際、DJでもかけてました?
「いや、ADFって意外とDJでかけにくいんですよ。プロディジーはレイヴ・ミュージックからきているのでフロア・マナーが根底にありますけど、ADFはどちらかというとバンド・サウンドが中心。音の個性も強いし、ダブステップなんかと比べると中高音域が豊かで(他の曲と)音が混ざりにくいんですよ。ADFは声やリリックを聴かせるために音が構築されているイメージがあります。ただ、(メンバーの)ドクター・ダスがリミックスをいろいろやってるじゃないですか。そのあたりは比較的かけてますね」
――Dr.ダスのリミックスで印象に残っているのは?
「少し前に出たババ・ズーラ※のリミックスはおもしろかったですね。ダスのリミックスって民族音楽っぽいパーカッションをうまく使っていて、生音と打ち込みのニュアンスをいい感じに組み合わせているんです。キックやベースはいまのダンス・ミュージックのマナーなんだけど、上には違う拍子でパーカッションなんかが乗ってる。あと、リズム感がおもしろいんですよね。いわゆる4/4のリズムじゃないんだけど、シーケンスがズレてるわけじゃなくて、ダンス・ミュージックとしても成立している。ヒプノティックな感覚があるんですよ」
――現場の反応はいかがですか。
「どちらかというとクラブの現場ではなく、自分がブリストルの〈Noods Radio〉でやってるラジオ番組でかけることが多いかな。クラブでもダンスフロアというより、バーみたいなリスニング中心のところでかけたりしています。DJでかけていると〈これ、誰?〉と言われることが多いですね」
――では、ADFで好きな曲は?
「ドクター・ダスのリミックス・ワークからは民族音楽を使った実験的要素を感じるんですけど、ADFからはリリックやメッセージが前に出てくるイメージが強い。その意味では、最初のアルバム(95年作『Facts & Fictions』)に入ってる“Rebel Warrior”が好きですね。フロウも少しサイプレス・ヒルみたいなところがあって、ダブの要素があり、自分たちのルーツを大切にしている感じや、マイノリティー・コミュニティーのなかの雰囲気が伝わってくるような感じがある」
――ADFはもともとサウンドシステムとしてスタートしてますけど、『Facts & Fictions』の頃はその匂いがまだ残ってますよね。おそらくロンドンのアジア系コミュニティーでこういうことをやってたんだろうなという。
「そうですね。移民コミュニティーの団地でやってたイメージがありますよね。初期はサウンドシステム的なサブベースがすごく強いので、ダブっぽい感じもある。プロディジーだと上の音域がもっとシャキッとしていて……やってるドラッグが違う感じがする(笑)」