〈ミステリーの女王〉アガサ・クリスティーに捧げた渾身の一作
閉ざされた空間で起きる殺人事件、周りをイラつかせるように登場する名探偵、動機がありそうな容疑者全員が集められ、事件の真相が解明される。その名探偵の姿は、時にエルキュール・ポアロであり、時に金田一耕助でした。それらは1970年代に我々を魅了したミステリー映画のパターンであり、王道の展開といえるでしょう。そうした映画に原作を提供し、ミステリーの女王と呼ばれたアガサ・クリスティーに、ライアン・ジョンソン監督が捧げた、新しくも古典的な魅力に溢れる一作です。
タイトル登場前に映し出される、雰囲気ある館の映像と、事件の発端を簡潔に描くオープニングだけで、ミステリー・ファンのツボを押さえ、大いに期待感を煽ります。
実は監督は過去に多くのファンを擁する某SF映画に参加して、理不尽とも言えるブーイングを浴びました。よってリベンジとも言える今作は、そんな無理をすることなく、自分の好きな古典的ミステリーに愛を込めた、自由な映画の感じが不思議なぐらい画面から伝わってくるのです。キャメラが部屋の内部を、やはり自由に動き回り、登場人物たちを画面に納めていることで、館自体の胡散臭さを醸し出しニヤリとさせてくれます。
ダニエル・クレイグは、ジェームズ・ボンドのイメージを覆す、ちょっと風変わりな名探偵ブノワ・ブランを気持ちよさそうに演じています。そして、クリストファー・プラマー演じる、殺された世界的ミステリー作家を取り巻く面々(その中に犯人が!)の役者たちも楽しげです。特に作家の長女役を演じるジェイミー・リー・カーティスと、その夫役のドン・ジョンソンは70~80年代に活躍したスターで、こうしたミステリーにピッタリの役柄、その余裕の表情は圧巻です。実話の映画化ばかりの最近のハリウッドにあって、このオリジナル脚本は貴重な財産です。名探偵ブノワ・ブランの次の事件が映画化されることを期待しましょう!