カンヌ、トロント、サン・セバスティアンと、各地の映画祭に出品されている河瀨直美監督の新作映画「朝が来る」。原作は辻村深⽉の小説で、特別養⼦縁組制度という、この国ではあまり語られない、それゆえに見過ごされがちな題材をあつかっている。

本作はそのサウンドトラックではあるものの、音楽自体がとても映像喚起的であり、音楽作品としての厚みを持っている。だから、〈映画のサウンドトラック〉という前提を取り払って、純粋に⼩瀬村晶の新作として聴くのもいいだろう。

というのも、本作は、映画の完成後に再構築され、表題曲“True Mothers”を書き下ろすことで完成した作品なのだとか。劇伴を職人的に、スピーディーに制作する音楽家が多いなかで、小瀬村は1年かけて制作した映画のサウンドトラックにもう一度向き合い、アルバムとしての強度や完成度の高さを追い求めたのだろうか。鉄を打ち鍛えるように、という比喩はこの穏やかな作品に似合わないかもしれないが、目の前にある音を丹念に紡ぎなおす小瀬村の後ろ姿が、本作からは浮かび上がってくる。

ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロからなる小編成の室内楽的なストリングスはとても美しく、悲痛さをもって響く。しかし、印象的なのは、やはり小瀬村によるピアノだ。とくに、アップライト・ピアノの演奏を録音したものだろうか、“Hikari I”“Hikari II”“Hikari III”では打鍵音やペダル、ハンマーの音を含んだ生々しい音と繊細な残響を聴くことができ、その〈近さ〉に思わずはっとする。

“Hikari II”では、後半でピアノの音にピッチ・ベンドが施され、ぐっと音高が下がる不思議な編集、演出がある。とても奇妙な手ざわりをもった音だ。

また、冒頭の“True Mothers - Main Title Theme”、“The Doubt”や“Go On Board”(ミニマルなフレーズが左右のチャンネルに細かくパンニングされている)、“Asato’s Diary”など、アコースティックな楽音とノイズや電子音響とが溶け合った楽曲からは、小瀬村の真骨頂を感じた。本作は、アコースティックな響きと電子音響との間を何度も行き来して、たゆたい、そのふたつが混ざり合う。その張り詰めた、けれどもあたたかな音像には、ほかに得がたいものがある。

多忙な音楽家である小瀬村の新作としても、国内外のエレクトロニカ/ポスト・クラシカルの紹介者であるSCHOLE RECORDSの新たな1ページとしても聴きたい、充実した一作だ。

※このレビューは2020年10月10日に発行された「intoxicate vol.148」に掲載された記事の拡大版です