今年の夏に触れられなかったものを曲で残す
――それって〈夏の閉じ込めておきたい一瞬〉を詰め込んだという、今回の新曲“Last Summer”にも通じるところがありそうですよね。
「確かに。今年の夏は例年に比べて〈夏の思い出〉みたいなものが作れなかったよなと。外に出れば確かに感じるはずの夏の匂いや熱気、湿気といったものからの〈感〉……感触や感情、感動などに触れる時間がみんな少なかったんだろうなと思ったんです。それで、夏に触れるはずの〈感〉を曲として残したいなと」
――アコギの弾き語りというスタイルにしたのは?
「今話した湿度や温度みたいなものが、最も伝わりやすい形だと思ったからです。この曲は夜中にアコギ1本で作ったのですが、レコーディングしていくうちにエリオット・スミスっぽいダブル・トラック・ヴォーカルにしたり、コーラスを重ねたりしたくなってきて。その頃にちょうどエリオット・スミスやスフィアン・スティーヴンスのような男性ソロ・アーティストや、女性ヴォーカルのものだとドーターの初期の楽曲をよく聴いていたんです。この辺の音楽は、本を読む時にすごく集中できるんですよね(笑)」
――アコギのアルペジオは、ミナコさんが「ヴァージン・スーサイズ」(99年公開、監督はソフィア・コッポラ)に影響を受けて書いた“L.u.x.”(ファースト・アルバム『TINGLES』収録)に通じるところがあって。しかも歌詞の中には、〈薄れていく 黄金色の青〉という前EP『OBLIVION e.p.』収録の“Golden Blue”を思わせる一節も含まれていたので、“L.u.x.”“Golden Blue”そして“Last Summer”がいわゆる〈ヴァージン・スーサイズ的世界〉の3部作なのかなと思ったんですよ。
「ああ、そういう捉え方も面白いですね(笑)。確かに“L.u.x.”“Golden Blue”そして“Last Summer”と、主人公が年を経ている感じはします。今、こうしてコロナ禍の時期が長くなればなるほど、以前の感情がどんなものだったのかが薄れていっちゃうんじゃないか?と思うことがあるんですよ。まだ1年も経っていないのに、自分が今まで感じてきたこととか、蓄積されてきたものとかが薄れかけていることへの〈怖さ〉や〈悔しさ〉というか。その一方で、〈仕方ないよな〉という気持ちもあるので、すごく複雑ですね。心の置き所をどこにしたらいいのかよく分からなくなる」
幸せを探すのではなく感じたい
――冒頭でもおっしゃっていたように、そんな中でも曲作りはコンスタントに続けていたのですね。
「出来る限りちょこちょこやってはいました。が、〈作り上げる〉という感覚があまりなくて。特に歌詞の部分ですね。コロナになって、家にずっといると刺激がなくなるじゃないですか。インスピレーションを受けるもの、人との会話や新しい出会いもなくて。〈歌詞、どうしよう?〉と自粛期間はよく考えていました。それで、さっきも話したように映画や本からの刺激を求めていたんです」
――以前、Instagramに上げていた楽曲“speechless/innocence”も素晴らしかったのですが、あれはオリジナル?
「実は、あの曲も日本語詞をつけてレコーディングしたんです。いつ出すかは未定なんですけど」
――どんなことを歌っているのですか?
「自分が幸せと思うこと、幸せと感じることを見つけるのって、特に今は難しいじゃないですか。でも、幸せを見つけなくても〈感じる〉ことができれば少しは幸せになれるんじゃないかと思うことがあって。幸せを探すことも大事なんですけど、感じられる人になりたいとこの時期に思ったりもして。例えば美味しいものを食べたり、温かいお風呂に入ったり、そういうことで幸せを感じたい、そこは鈍らせたくないと思って〈幸せは感じるものだ〉みたいな歌詞を付けました」
――リリースが楽しみです。幸せを感じることも、それこそ〈感〉ということですけど、それを得るためには〈動くこと〉が大切なのかなと思いますね。
「“Luminous”の歌詞に〈気が触れないように踊ってるの〉というラインがあるんですけど、〈踊る〉ことも自分の中ではキーワードになっています。もちろん、物理的に踊るとか出かけるとか、そういうことも大事ですけど、自分の心を躍らせるためにはどうしたらいいか。人の心を躍らせるためにはどうすればいいかとか、そういうことをちゃんと考えていかなきゃなと思っているんです。〈そもそも自分の心が躍ることってなんだろう?〉〈心身ともに踊れるものってなんだろう?〉とか、そういうことって今、すごく大切なテーマなんだろうなと」