元コクトー・ツインズのサイモン・レイモンドが主宰するベラ・ユニオン特集や、ジオ・ウルフら新しいドリーム・ポップの潮流に続くかたちでMikikiがご紹介したいバンドが現れました! 彼女/彼らの名前はナイト・フラワーズ。ミニ・アルバム『Night Flowers』(2015年)で日本国内のシューゲイザー/ギター・ポップ・ファンから熱い視線が注がれたロンドンの5人組です。

そんなナイト・フラワーズが、待ち望まれていたデビュー・アルバム『Wild Notion』をついにリリース! ボーナス・トラックを追加した国内盤をリスナーに届けるのは、カジヒデキと畳野彩加(Homecomings)との北欧ポップ座談会にも登場していただいたオナガ・リョウヘイが主宰するRimeout Recordings。バンドとアルバム『Wild Notion』の魅力を伝えるのは、昨年のシューゲイザー講座でも筆を揮った黒田隆憲。For Tracy HydeやLuby Sparksらに代表される、国内のシーンとも共鳴する注目アクトの登場です。 *Mikiki編集部

NIGHT FLOWERS Wild Notion Rimeout Recordings (2018)

For Tracy Hyde、Luby Sparks…日本の新しいシューゲイズ/ドリーム・ポップ・シーン

ここ数年、国内から良質なシューゲイズ〜ドリーム・ポップ・バンドが次々と登場し、音楽シーンを賑わせている。

例えば、シューゲイザー・アイドルの・・・・・・・・・に楽曲を提供するなど、活動の幅を広げている夏botこと管梓(ギター)が率いる男女5人組For Tracy Hydeは、シューゲイザーのみならず、ギター・ポップやネオアコ、チルウェイブ、さらにはJ-Pop的な要素も取り入れたサウンドが特徴で、eurekaのキュートなヴォーカルがほろ苦い青春の日々を思い起こさせる。また、初期のマイ・ブラッディ・ヴァレンタインやプライマル・スクリーム、プリミティヴス、ジーザス&メリー・チェインなど、80年代〜90年代のUKインディー・ギター・バンドのエッセンスを凝縮したサウンドと、男女の掛け合いヴォーカルによってスタイリッシュかつノスタルジックな世界観を構築するLuby Sparksは、赤毛がトレードマークのErikaを新ヴォーカリストに迎えて再スタートを切った。

Luby Sparksの2018年作『Luby Sparks』収録曲“Thursday”
 

他にも、アコースティック・ギターを基軸としつつもシューゲイザー、ポスト・パンク、ゴシック、アシッド・フォークなどの要素を散りばめ、祈るようなハイトーン・ヴォイスと共にダークファンタジーなサウンドスケープを作り出す女性シンガー・ソングライターのMINAKEKKE、触れた途端に崩れ去ってしまいそうな、儚くもキュートな男女混成ヴォーカルと、繊細なギター・オーケストレーションが美しいJuvenile Juvenile、一時期For Tracy Hydeにも在籍していた極上のスウィート・ヴォイスを持つ屈指のメロディー・メイカー、ラブリーサマーちゃんなど枚挙に暇がない。

多くのバンドに共通しているのが、海外のシューゲイズ〜ドリーム・ポップ・シーンとの同時代性を強く感じさせるということだ。例えば、Luby Sparksの同名デビュー・アルバムは、マックス・ブルーム(元ケイジャン・ダンス・パーティー、ヤック)を共同プロデューサーに迎えた全編ロンドン・レコーディングで、彼らは今年1月に行われたペインズ・オブ・ビーイング・ピュア・アット・ハートの来日公演、そして3月に行われたヘイゼル・イングリッシュの初来日(大阪公演)で、Juvenile Juvenileとともにオープニング・アクトを務めている(ヘイゼルの東京公演には、For Tracy Hydeが登場)。

思い起こしてみれば、鬼才スコット・コルツの1人プロジェクトであるアストロブライトのアルバムには、COALTAR OF THE DEEPERSのNARASAKIや、HARTFIELDのYUKARI TANAKAが参加していたり、ペインズやリンゴ・デススターcruyff in the bedroomと親交があったり、日本のシューゲイズ〜ドリーム・ポップ・バンドは以前から海外のシーンと深い繋がりがあった。おそらく、メランコリックで儚いメロディーや、音数ではなく音響で埋めていく、どこか〈侘び寂び〉のあるサウンドスケープなど、シューゲイズ〜ドリームポップのなかには日本人が得意とする要素が多分に含まれているのだろう。

For Tracy Hydeの2017年作『he(r)art』収録曲“Underwater Girl”
 

 

日本人の琴線を揺さぶりまくるナイト・フラワーズ

さて、日本デビュー盤となった2015年の日本限定のミニ・アルバム、『Night Flowers』が異例のロングラン・ヒットを記録したナイト・フラワーズも、日本人の琴線を揺さぶりまくるシューゲイズ〜ドリーム・ポップ・サウンドを鳴らすバンドである。メンバーは、ゼビディー・バドワース(ドラムス)、クリス・ハーディ(ギター)、サム・レントホール(ベース)、ソフィア・ペティット(ヴォーカル、キーボード)、そしてグレッグ・ウルヤート(ヴォーカル、ギター)の5人。米国はマサチューセッツ州ボストン生まれのソフィアと、北イングランド出身の残りの4人がロンドンで出会い、意気投合してバンドを結成。

ドロップ・アウト・ヴィーナスやシャインズといったバンドが所属する、ダーティー・ビンゴ・レコーズから“Sleep”(2014年)、“Glow In The Dark”(2016年)など数枚のシングルをリリースした彼らは、NMEやPitchfork、XFMといった主要メディアに取り上げられ、ペインズのフロントマン、キップ・バーマンから絶賛されるなど、アルバム・デビュー前から大きな注目を浴びてきた。また、2016年には東京、大阪、名古屋そして広島(尾道)を回る初来日ツアーを敢行。日本を舞台にした“Glow In The Dark”のミュージック・ビデオは、その合間に撮影されたものである。

2016年の楽曲“Glow In The Dark”。『Wilid Notion』の国内盤にボーナス・トラックとして収録
 
 

そして、このたび満を持してリリースされたのが、彼らのファースト・フルアルバム『Wild Notion』だ。今年リリースしたシングル“Losing The Light”や“Hey Love”、“ Cruel Wind”を含む全10曲に、日本盤ボーナス・トラックとしてシングル“Glow In The Dark”の収録曲(“Glow In The Dark”“Amy”)をコンパイル。スミスやキュアー、ニュー・オーダーといった80年代のUKバンドが持つ憂いのあるサウンドと、初期マイブラやパステルズ、ヴァセリンズ、ジザメリらアノラック〜シューゲイザーに内包されたポップネスとパンク魂、そしてコクトー・ツインズから脈々と受け継がれるドリーム・ポップの美学までをも受け継いだ、珠玉の楽曲が収録されている。

 

シューゲイズ/ドリーム・ポップの真髄は〈パンク〉である

アルバムを聴いてみよう。力強い4つ打ちのキックに導かれ、タメの効いたギターのストロークが鳴り響く。冒頭曲“Sandcastlesのイントロを聴いた瞬間から、ジザメリの“Just Like Honey”を思い起こさずにはいられない。紅一点、ソフィア嬢によるウィスパー・ヴォイスは、儚くもどこか凛とした佇まいを感じさせ、思わず胸が高鳴る。間髪入れずに繰り出される“Night Alive”は、ティーンエイジ・ファンクラブの“Star Sign”や、マイブラの“She Loves You No Less”、さらにはペインズの“Come Saturday”へと連なる、疾走感と躍動感を併せ持ったキラー・チューンだ。

シンコペーションの効いたリズムと、メランコリックなコード進行が印象的な“Resolver”は、アルバム前半のハイライト。ソフィアのキュートなスキャットが、いつまでも耳の奥でリフレインする。その後はフォーキーなメロディーの“Let Her In”、ケレン味たっぷりなビートがスリリングな“Losing The Light”、ソウルフルなメロディーを歌い上げる“Head On”と意欲的なアレンジの楽曲が続く。そして、極上のポップ・ナンバー“Hey Love”でアルバムはクライマックスを迎え、雄大で開放感あふれる“Unwound”、“Fireworks”を挟み、お馴染み“Cruel Wind”で幕を閉じる。

『Wild Notion』収録曲“Cruel Wind”
 

とにかく、聴けば聴くほどそのソングライティングの秀逸さに気づかされる。コード進行はいたってシンプル、ベースもほぼルートを押さえるだけで、難しいことは何一つしていない。それなのに、否、だからこそメロの美しさが引き立ち、ソフィアの歌声やギターの歪み、リヴァーブやディレイによる空間の広がりが、ストレートに耳に飛び込んでくるのだ。バンドの持つ〈コア〉だけで勝負する――それって実は、ものすごく勇気の要ることであり、こんなに儚げで無防備なバンドがそのことと真摯に向き合っている姿に、大きな感動を覚えずにはいられない。ナイト・フラワーズのファースト・アルバム『Wild Notion』は、シューゲイズ〜ドリーム・ポップの真髄が〈パンク〉であるということを、改めて思い知らせてくれる作品なのだ。