いまだ〈音楽や歌〉になっていない無数の響きが聞こえてくる

平田周, 仙波希望 『惑星都市理論』 以文社(2021)

 真ん中に打ち込まれている赤字の英語表記に逆らって、漢字を右行から左に読んでいくと浮かび上がる〈惑星都市理論〉。面妖なタイトルだが、思想史、社会学、地理学、都市研究といった学問領域の、80~90年代生まれの方々も含む11人の執筆者による論考が並ぶ。

 全四部に分かれて配置された論考群に、共編者の平田、仙波による、〈序〉と〈あとがきにかえて〉の2本も加えてカウントすると全13本の文章が並ぶ。うち2本は先行する海外の研究からの重要論文2本の翻訳だ。A5版・450ページと大きな本だけど、今どき税込4,000円ちょっとは安いと思うので、ぜひ手に取ってみてほしい。編者や著者たちの〈野心〉もおそらく、〈学術研究書〉というところから開かれて読まれることを切望している。そう、装丁からも感じられるはずだ。

 音楽や歌は常に〈都市〉と密接な関係を持ってきた。あるいは、都市と非都市とでもいうべきものとの関係性が、音楽や歌をめぐる語りを支配してきた面を否定することは難しい。オペラであろうが演歌であろうが、ジャズであろうがブルースであろうが、民謡や〈ワールド・ミュージック〉であれ。都市のなかのシマジマや、海の上の都市ともいうべき島々、陸と海のあいだの港町……。さまざまに、ひとが集まり暮らす場所で生まれた音楽や歌を、私たちは聴いてきた。

 そして今、私たちは、人と共にしか生きられない、極小な半生命/半情報ともいうべきウィルスという存在によって、この惑星の小ささにも直面させられている。〈パン-デミック〉とはあえて漢字・日本語化すると〈汎民的〉とでもなる語源を持つことばらしい。世界のメトロポリスが封鎖され、国境は閉じられる。汎民的とは、人為的に生み出されたさまざまな境界をまったく無力にしてしまい、あらゆる人びとを巻き込むということでもあるのだが、だからこそ境界が再強化されてしまうわけだ。

 この本を今、読むということは、境界の数々を(ウイルスと共に)問い直していくという経験ともなるだろう。惑星規模での変容は、今後も新たなウィルスの誕生と変異を生み出し続けていくことだろうし、今回のパンデミックは大きく世界を変容させてしまったはずだ。この〈惑星都市〉化する時空のなかで、今から人はどのような歌をうたえるだろう?

 まずは、高密度・高速度で、この本に至る思想史と本の内容をサーヴェイしてくれる平田の〈序〉を、そして〈危機を/といかに考えるか〉(396ページ)とも問う仙波の〈あとがき〉に行き、各章を読み進む。あるいは関心を引くものから読んでいく。いずれにしろ、すべての行間から迸るように、いまだ〈音楽や歌〉になっていない、無数の響きが聞こえてくるはずだ。