台湾の若き監督が挑戦~全編iPhoneで撮影された青春映画
地元台湾では2020年8月に封切られたこの映画は、まるでコロナ禍の時代の新しいライフスタイルを初めて基本設定に取り入れたかのような、青春ロマンスだ。実際には新型コロナ出現前から、製作開始されていたものではあるが……。
男主人公ボーチンは、極度の潔癖症。頻繁に、念入りに、手洗いを繰り返し、街には月1回しか出かけない。街なかでは常時マスクを着用し、さらに手袋、防塵服という完全武装。電車に乗る時は、吊革にもつかまらない。翻訳者として生計を立てているので、他人との接触も滅多になく、究極の孤独な日々を過ごしている。
そんな彼が、ある日、電車の中でやはりマスクと防塵服姿の潔癖症の女ジンと出会ったことから、生活は急変していく。しかも彼女には、万引き癖まであった。
孤独で〈変人〉(本作の原題「怪胎」の意味)同士の二人は、人気のほとんどない街で時間を共有するうち、急速に惹かれ合う。そしてついには同居を始めるが、幸福な日々が続くかと思えたのも束の間、ボーチンの身体から症状が跡形もなく消失。二人の関係性にも、転機が訪れる。
持病があること、変人であることを、治すべき欠陥という観点からまとめようとはしない新人監督・廖明毅(リャオ・ミンイー)の確信に満ちた態度が、圧倒的な独自性と新鮮感に結実した。街で偶然出会った若い男女の初々しい恋のときめきを、青春ロマンスにありがちなハッピーエンドには持っていかない作劇術も、かえって後々まで心に残る。
台湾の商業長編劇映画としては初めて全編をiPhoneで撮ったと謳う技術的な方法論も、それ自体独創的ではある。だがそれ以上に、iPhoneで撮影しながら、手持ちカメラでブレたり斜めになったり、現場で即興的にカメラを回したりといったことは固く自らに禁じ、厳密に設計された撮影プランの下すべての場面が演出されているところが、素晴らしい(撮影は、監督自身が担当)。
実のところ、映画の大部分は、移動も、パンも、ズームもない固定ショット。しかも前半部は、画面の横幅が大きくカットされている。だが主人公の潔癖症が消えたのを境に、画面は突如、今日ポピュラーな縦横比16:9のワイドな視野を獲得。それと共に、ごく限定的にではあるが、パン等の動きも織り交ぜられ、前半にはなかった不穏な空気がとらえられていく。
後半の転調は、画面だけによってもたらされるわけではない。男主人公主体に、彼のモノローグによって語り進められてきた映画は、後半、彼が〈普通の人〉になるや、主体から脱落。彼は女主人公によって見られる客体へと横滑りし、モノローグする主体も女主人公になる。
製作スケールとしては、ごく小規模に作られたものには違いない。けれど、脚本構成から画面演出に至る周到にして厳格な監督の設計が、映画を途方もなく劇的で深遠なものとした。
CINEMA INFORMATION
映画「恋の病 ~潔癖なふたりのビフォーアフター~」
監督/脚本:リャオ・ミンイー
音楽:許家維/黄鎮洋
出演:リン・ボーホン/ニッキー・シエ
配給:エスピーオー、フィルモット(2020年|台湾|100分)
2021年8月20日(金)、シネマート新宿・心斎橋ほか全国順次公開!
https://filmott.com/koiyama/