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インタビュー

海蔵亮太『誰そ彼』カラオケ世界大会優勝の〈歌に選ばれた〉シンガーが語る、叙情的な新シングル

異色の経歴でデビューしたシンガーが新シングルを完成。豊かな歌唱表現に自身の創造性も加わった本作には、さまざまな音楽的挑戦が散りばめられていて──

日本語の歌の美しさ

 生粋の歌好き少年が、カラオケの世界大会で優勝したことで大きな注目を集め、日本語の歌の良さを伝えるシンガーとしてブレイク――海蔵亮太は、まさに〈歌に選ばれた〉シンガーだ。90年生まれの海蔵が歌うことの楽しさに目覚めたのは、本人いわく「1歳とか2歳くらいのとき」。二人の兄と共に毎週のようにカラオケ店に通っていたのが、歌との出会いだった。

 「〈Mステ〉で放送された新しい曲のCDを兄たちが仕入れて、それを歌ってましたね。そのなかでよく覚えてるのは、MISIAさんの“つつみ込むように…”(98年)。小学校2年のときだったんですけど、すごくカッコいいなと思って。冒頭のホイッスルヴォイスがどうしても出せなくて、悔しい思いをしました(笑)」。

 DREAMS COME TRUEや広瀬香美ら、「時代を牽引していたJ-Popシンガーが大好きでした。惹かれたのは〈マイク要らない系〉の声量のあるシンガーかな」という海蔵。さらに槇原敬之には、それらのアーティストは別の意味合いで、当時から今に至るまで強い影響を受け続けているという。

 「槇原さんの曲を初めて聴いたのは小学校低学年のとき。他のアーティストの曲は歌詞の内容がよくわからないことが多かったんですけど、槇原さんは最初からすごく理解できて、すぐに大好きになりました。これまでの人生のなかで何度も助けられたし、曲を聴くことで、その頃の自分に戻れるのも良くて。小さい頃からずっと好きなシンガーがいるって素敵なことだと思いますね」。

 幼少時から音楽の魅力、歌うことの楽しさを存分に味わいながらも、〈歌手になりたい〉という思いは皆無だったという。バンドを組むこともオーディションを受けることも路上ライヴを行うことも曲を書くこともなく、海蔵は企業に就職。ときどき友達とカラオケに行き、「ストレス解消がてらに」歌うことは続けていたが、デビューをめざすことは一切なかった。そんな彼の運命が大きく動いたきっかけは、カラオケの世界大会〈Karaoke World Championships〉への出演だ。

 「プロになりたいなんて1ミリも思ってなかったんですけど、たまたまカラオケ屋さんで〈KWC〉の広告を見て、友達とノリで応募したのがすべての始まりでした。1年目(2016年)に優勝したときは、〈海外の友達がたくさん出来て嬉しい!〉みたいな感じだったんですが(笑)、次の年に2年連続でチャンピオンになって、〈やっぱり自分は歌が好きなんだ〉と実感して、そこから〈もしチャンスがあるならやってみたい〉と思いはじめたんです。すぐに仕事を辞めるわけにもいかなかったので、約1年の準備期間を経て、2018年にシングル“愛のカタチ”でデビューしました。カラオケの世界大会をきっかけにデビューした人って、珍しいですよね(笑)」。

 翌年1月にアルバム『Communication』を発表し、その年の暮れには〈第61回輝く! 日本レコード大賞〉で新人賞を獲得するなど、デビュー後から順調な活動を継続。その類まれな歌唱力、表現力は地上波の音楽バラエティー番組でも存分に発揮され、大きな注目を集めている。シンガーとして意識しているのは〈日本語の歌を真っ直ぐに届けること〉だとか。

 「そう思うようになったのも、〈KWC〉がきっかけでした。英語圏の歌を選ぶ出演者が多いなかで、僕は予選からファイナルまで、すべて日本語の歌を歌って。そのときに〈日本語の響きは美しいな〉と改めて実感したし、審査員の皆さんにも評価してもらえたんです。言葉の壁は確かにあるけど、歌によって超えられるし、伝えられるんだなと。テクニックを交えて歌うのもカッコイイですけど、すべてを削ぎ落としたときに何を伝えられるかが大事だと思うし、それはずっと変わってないですね」。

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