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サウンド、リリック、そして映像――遼遼の魅力とは

まずは〈ルワン〉と遼遼との違いを見ていこう。一番大きいのは、やはりVOCALOIDによる歌唱から自身の歌に変化した点だ。ファンの方なら彼の歌声は、YouTubeチャンネルに投稿されているLiSAの“紅蓮華 Acoustic Cover”“タクト”などのカバー動画や、先述した“Surges”でもご存知だろう。しかし、これからの遼遼としての活動では、カバーでも他アーティストの楽曲参加でもなく、自身が作った楽曲を自身で歌うという、これまでとは全く異なるアプローチになる。もちろん、彼の歌声は綺麗な高音の伸びが特徴的で、かつ個性的で求心力のある歌声。自身で歌唱することに違和感を抱くことはないが、今回の遼遼としての挑戦には、ボカロPとして成熟し、新たなステージへと向かう彼の決意を強く感じるのだ。

そういった決意は、歌唱の面だけでなくサウンドからもひしひしと伝わってくる。12月3日に満を持してリリースされる“モンタージュ”は、〈ルワン〉時代のインディーロック、インディーポップを感じさせる楽曲とは異なり、スケールの大きいシネマティックなサウンドが特徴的。彼の特徴でもあるアコースティックなギターサウンドからスタートする本作は、サビ前まではどこか不穏な雰囲気を纏いながら進んでいく。まるで遼遼としてのプロローグを表現しているかのようなサウンドに耳を傾けていると、サビでは一転、オーケストラやシンセサイザーなどの音色がプラスされ、一気に表情を変えるのだ。このサウンドの変化だけでも〈ルワン〉から遼遼への音楽性の変化をうかがうことができると思う。

さらに筆者が注目したのは、遼遼の内から滲み出てくる叙情的な言葉の数々。〈人生煩いさ、強制に生と死を〉と死生観を覗かせる言葉や、〈いっそなんもかんも取っ替えようぜ〉と現在に納得がいかないという想い、さらには〈ライフイズダーティーをビューティフルに〉、〈嫌いは愛に変えてやんだモンタージュみたいに〉と現状を変えようとする決意など、彼の内から紡ぎ出された言葉は、どこか現在の混沌とした世の中へのアンチテーゼのように思えるものが並んでいるが、なぜかリリックを追っていくと、まるで自分がこの世界の主人公になったような錯覚に陥るのだ。それは、おそらく楽曲と歌詞のスケールを大きくさせ、より大衆を意識して紡がれた言葉の羅列の妙、そしてこれまで多くの楽曲を手がけてきた遼遼の潜在的なセンスの表れなのだろう。

また、筆者のこれらの考えには、彼が音楽と映像との調和を重視しているという点も大きく影響していると思う。この考えは〈ルワン〉時代から通じているものだと思うが、彼が生み出す楽曲には必ずサウンドとリリックに寄り添った完成度の高い映像が付帯しているのだ。そして今回の“モンタージュ”では、その考えがより一層深く表現されているように感じる。中世のヨーロッパを思わせる舞台で繰り広げられる物語は、まるで無声映画を観ているような気分。〈ルワン〉時代の比較的ポップな映像とは異なり、今作の映像がどこか不気味で救いようのない〈恐怖〉を表現しているように感じるのは、この曲が、スケール感を拡大させたサウンド+アンチテーゼを匂わすリリックだからということもあるだろうし、遼遼がスティーブン・キング原作の映画やホラー映画にも影響を受けたことも一因なのではないだろうか。何はともあれ、名義を変えて初めての作品で、ここまで完成度が高く強度のある作品を生み出すことができるのだから、彼の音楽的才能やこれまで歩んできた軌跡がいかに充実していたもので、それが年月を重ねるごとに成熟していったのか分かるだろう。

昨今、米津玄師やAyase(YOASOBI)といったボカロP出身のアーティストがヒットチャートを賑わしている中で、もしかしたら来年以降は遼遼の名前が上がってくることもあるかもしれない。これまで多くの楽曲を生み出してきた彼だからこその新たな楽曲、ポピュラリティーを捉えた楽曲が誕生することが今から待ち遠しい。皆さんもこれを機にアーティスト・遼遼の楽曲に触れ、彼が創造する世界を堪能してみてはいかがだろうか。