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ショパンの音楽と共振する、音楽家の思索の軌跡
月が地球を中心に回り、地球が太陽を中心に回っているように、宇宙にはたくさんの〈軌道〉が存在する。はるか昔の人々は、夜空にまたたく星々の周期的な動きを見つめ、天空のシンフォニーに耳を澄ませた。
角野隼斗のニュー・アルバム『CHOPIN ORBIT』から聴こえるのは、より自由で愛に満ちた、ひとりの音楽家の思索の軌跡だ。幼い頃から親密な関係を築いてきたフレデリック・ショパンの音楽を中心に、彼はときに共振し、ときに時空を超えて駆けめぐる。
ニューヨークを拠点に世界中の舞台で活躍し、ジャンルを越えた音楽表現で人々を魅了するピアニスト、角野隼斗。彼にとってショパンは、そしてピアノは一体どんな存在なのだろう。11月、カーネギーホールでの記念すべき公演を終えた彼に、現在の心境を聞いた。
「今回の公演は、3年前に移住を決意したニューヨークでの、初の公演でした。カーネギー・ホールのような歴史のある特別な場所で、音楽を通じてその空間と一体化できたことがしびれるほどうれしかったし、その空間自体が私の音楽を変える感覚がありました。音をどう鳴らすかを超えて、空間と一緒に音楽を作る感覚とでもいうのでしょうか。とても不思議な体験でした」
『CHOPIN ORBIT』は一転、角野の内面に没入していくように親密だ。
音楽活動の中でショパン作品の解釈をし続けたことによって、「彼の音楽語法と音楽美学は自然に私の作品の中にも染み込み、現れるようになった」と語る角野。アルバムには、彼が向き合ってきたショパンの8曲と、そこからのインスピレーションに基づいて作曲された新曲(あるいはアデス、ヤナーチェク、ゴドフスキーといった、角野が尊敬する作曲家の曲)が交互に収録されている。同様の構成にはオーラヴル・アルナルズ、アリス=紗良・オットなどの前例があるが、ショパンはなぜこれほど多くの音楽家の心を動かすのだろうか。
「ショパンは、感情のニュアンスが極端に細かい作曲家です。音楽の編成や構造はシンプルでも、呼吸の柔らかさ、間の取り方、和声の繊細な濁りなど、演奏者の内面がそのまま響きに自然に投影される作風だと思います。ですからショパンを演奏する時は、演奏者の〈個〉が端的に現れやすく、それが多くの音楽家を惹きつけてやまない理由のひとつではないかと思います」
演奏者の〈個〉の印象を表すなら、角野のピアノからあふれるのは、夜明けの光のように密やかな解放感かもしれない。ショパンと交互に並んだ彼の自作曲を聴きながら、そんな思いを新たにした。たとえば序盤の“リディアン・ハープ”や“雨だれのポストリュード”では、ショパン語法の再構成の見事さとともに、室内から光ある外(宇宙/未来)へ広がっていく志向性を感じるのだ。要因のひとつは調性の変化だが、音響面での綿密な世界観づくりの結果でもあると、角野は語る。
「音響面は、今回エンジニアの方と密に作り上げていった部分でした。ショパンのオリジナルの曲はありのままを聴かせる音響になっていますが、自分の曲は音響面も含めて世界観を作ることを意識しています。楽器はグランドピアノと新旧アップライトピアノ2台で完結していて、たとえば“雨だれのポストリュード”の金属的な響きは、弦を爪で直接はじいて出しています。ヤナーチェクの“Good Night!”ではチェレスタも使用しました」
