アークティック・モンキーズの1stアルバム『Whatever People Say I Am, That’s What I’m Not』が2006年1月23日のリリースから20周年を迎えた。ドミノというインディレーベルからリリースされながら大ヒットを記録し、高く評価された本作。当時は何が衝撃的だったのか? そして後世への影響とは? サウンドや歌詞に音楽ライター小林祥晴が迫る。 *Mikiki編集部
インディロックが〈みんな〉のものになった瞬間
「俺はただストロークスの一員になりたかっただけ」。2018年にリリースされたアークティック・モンキーズの6作目『Tranquility Base Hotel & Casino』の幕開けを飾る“Star Treatment”で、アレックス・ターナーはそのように過去の自分を回想していた。それは何ひとつ偽らざる真実だろう。デビュー当初の彼らのインタビューを読むと、ストロークスやリバティーンズ、コーラルなどをきっかけに、バンド音楽に目覚めたことがよく語られている。その意味でアークティック・モンキーズは、2000年代初頭に勃発したロックンロールリバイバルの子供たちだ。
しかし、彼らがそんなレッテルでは語りきれない存在であることも、私たちはよく知っている。今年でリリース20周年を迎える彼らのデビューアルバム『Whatever People Say I Am, That’s What I’m Not』には、確かに2000年代初頭のインディの香りが色濃く残っている。だが何かが決定的に違う。筆者がリアルタイムで聴いたときに衝撃的だったのは、ストロークスやリバティーンズと較べると、あまりにもポップであり、恐ろしいほど耳馴染みがよいという点だった。音楽性はまったく違えども、その衝撃はオアシスを初めて聴いたときによく似ていた。アークティック・モンキーズの登場は、2000年代インディロックがインディキッズだけのものではなくなり、文字通り〈みんな〉のものになることを告げていた。
これが決して誇張ではないことは、当時のセールス記録を振り返ればわかる。彼らの正式なデビューシングル“I Bet You Look Good On The Dancefloor”は、全英初登場1位を記録。アルバム1位であればリバティーンズやフランツ・フェルディナンドも獲得していたが、シングル1位は2000年代デビュー組のインディバンドでは前例がなかった。しかも実質的なデビュー曲で初登場1位となれば、オアシスを遥かに凌ぐ成功のスピードだ(オアシスがシングルで初めて1位を取ったのは6枚目の“Some Might Say”)。そして、同じく全英初登場1位を獲得したデビューアルバム『Whatever People Say I Am, That’s What I’m Not』は、初週で36万枚超のセールスを記録。これは英国史上、初週にもっとも売れたデビューアルバムとなった。その成功はまさに前代未聞だったのである。
ネット経由で爆発した人気
彼らの急激な成功の背景には、以前から指摘されていたようにインターネットの力があった。デビュー前からライブでデモCDを配っていたところ、ファンがそれをファイル共有ソフトなどにアップロード。当時影響力があった音楽SNSのMySpaceにもファンが勝手にバンドのページを作り、デモを公開していた。そこからバンドを取り巻く熱狂が爆発的に広まり、デビュー曲の初登場1位という大快挙にまで繋がった。
当時はまだ違法ダウンロードも活発だったが、2003年にiTunes Music Storeが始まったのを契機に、デジタルダウンロードの売上も年々大きく伸びていた。アークティックがブレイクした2005年~2006年初頭は、まさに音楽産業がフィジカルからデジタルへ移行していた端境期。彼らは〈ネット発〉のセンセーションを生み出した最初の世代の一組でもあった。
だが無論、彼らがネットで凄まじいバズを引き起こしたのは、時代の変化の波に乗ったからだけではない。まず何よりも、その音楽があまりに鮮烈だったからだ。
