USインディーシーンにおいて90年代前半から活動し、そのダイナミックなロックンロールサウンドと先鋭的なプロダクションの融合で他の追随を許さないバンド、スプーン。彼らがニューアルバム『Lucifer On The Sofa』をリリースした。〈バンド史上もっともストレートなロックレコード〉と言われる同作は、すでに各メディアで高評価を獲得中。彼らの健在ぶりを世に知らしめているところだ。
とはいえキャリアの長さ、そして作品の多さから、〈興味はあるんだけど何を聴いたらわからない……〉というリスナーも多いだろう。そこで今回Mikikiでは〈スプーンを知るための10曲〉と題し、『Lucifer On The Sofa』をリリースした2022年に聴くべき彼らの10曲をピックアップ。スプーンを長く愛聴し、彼らにインタビューしたこともあるライターの上野功平が、選曲と解説を行った。 *Mikiki編集部
スプーンは珠玉のロックンロールバンドである
「ロックンロール。空港からタクシーに乗ったとき、運転手が僕のギターケースを見て〈どんな音楽をやっているんですか?〉って訊いてきたら、間違いなくそう答えると思うよ」。
この発言は、5年前にプライベートで来日したスプーンのフロントマン、ブリット・ダニエルが筆者とのインタビューで語ってくれたものだ。93年にテキサス州オースティンで結成されたスプーンは、もうすぐ30年に迫るキャリアにおいてロックンロールの持つ可能性だけを信じ、ゾクゾクするほど野心的でモダンな音を鳴らし続けてきた。そして、彼らを特別な存在たらしめているのが、ジョン・レノンとも比較されるブリットのセクシーなしゃがれ声。はじめて『Ga Ga Ga Ga Ga』(2007年)を聴いたときの衝撃は忘れられない。ロックンロールって、こんなにも自由になれるのか!!
そんなスプーンが、通算10作目となるフルアルバム『Lucifer On The Sofa』をリリースした。2017年の前作『Hot Thoughts』のリリースに伴うツアーを終えてオースティンへと舞い戻ったバンドは、ドラマー/プロデューサーでもあるジム・イーノ(ブリット以外では唯一のオリジナルメンバー)が所有するスタジオ〈Public Hi-Fi〉にてセッションを開始。御多分に洩れず彼らもパンデミックの影響を受け作業は一時中断となったが、2020年秋に再結集したときの一体感、エネルギーは目を見張るものがあったという。「ひとつの部屋に一緒にいるっていう感覚が当然のことではなくなっていたからね。あの瞬間は、一生に一度の感覚だった」(ブリット/ライナーノーツの発言より)。
10数年ぶりの地元でのレコーディング、2人の新メンバーが加わったラインナップ、コロナ禍の非日常。かくして出来あがったのは、〈バンドをやるのが楽しくて仕方ない〉と言わんばかりに愚直なロックンロールアルバムだ。アデルやクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジの作品で辣腕を振るってきたマーク・ランキンをはじめ、お馴染みデイヴ・フリッドマン(マーキュリー・レヴ、フレーミング・リップスほか)、ジャスティン・ライゼン(イヴ・トゥモア、キム・ゴードンほか)、さらにゲイブ・ワックス(サッカー・マミーほか)と、歴代最多の共同プロデューサーが参加した点からも、現在のスプーンの風通しの良さが感じられるんじゃなかろうか?
それにしても、アグレッシブな演奏からほとばしる熱量たるや。ブリット本人も「前作のツアーで痛感したんだけど、『Hot Thoughts』の楽曲はどれもライブバージョンのほうが断然手応えがあったんだよね」と認める通り、今回の『Lucifer On The Sofa』ではスプーンの十八番だったエクスペリメンタル――録音芸術としての側面は二の次で、その日その瞬間その場所で何が起きたのか?を純度100%で封じ込めたライブ盤のような作品を目指したのかもしれない。
本稿では、彼らの音楽的変遷をフィーチャー。10の名曲と共に、なぜスプーンが珠玉のロックンロールバンドであり続けられるのか、その真髄に迫ってみよう。