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koshiが歌う〈人間の美しさと愚かさ〉

――いや、素晴らしいと思います。歌詞についてお伺いすると、まずcadodeにおいてkoshiさんが〈こういうことを書こう〉と考えていることは何かありますか?

koshi「毎回、〈前にやってないことをやろう〉というふうにずっとやり続けているんですけど、死生観とかそういうものへの精神的な向き合い方を歌っていることはずっと変わってないと思います。

一回、自分が思ってないことを書こうとしたんですけど、僕には無理だったんですよ。自分の死生観に合ってないと単語だけを使っても意味がないんです。だから現状は、その都度思ってることを言ってるというだけですね」

――“回夏”や“光”“カオサン通り”もそうですけど、どのように人生と向き合うのか、どのように虚無感や諦念と向き合うのか、ということがcadodeの歌には滲み出ていますよね。そもそも、koshiさんは大学で哲学を勉強されていたんですよね?

koshi「そうですね。政治哲学のゼミにいて、政治哲学の中でも、どちらかというと倫理の方を勉強してました。あとは宗教にもともと興味があって、色々調べたり、イスラム圏に留学したりもしていたので。そういうものが積み重なって今があると思うし、その分、他の人に書けないことを書けているのかなとは思いますね」

――哲学や宗教に興味を持ち始めた背景や理由は、何かあるんですか?

koshi「中学2年くらいのときに旅に出始めて、1人か2人で国内を電車で旅行していたんですけど、その後、高校2年のときにピースボートに乗って、50日以上かけて地球を半周したんです。そこでとにかくいろんな人と会ったし、いろんな景色を見たんですよ。

そんな中で母ががんで亡くなって、そのあたりで、ちょっと悟りを開いたような状態になって。それが高校2年の16歳くらいかな。すべてが諸行無常であるということを身に染みて感じたんですよね。

わかり合えない人間は存在するし、でもその中でわかり合おうとする努力そのものが美しいと思ったんです。人間の美しさと愚かさみたいなものに、すごく身をもって触れて。それからですかね、宗教・哲学とか、人間を奮い立たせるもの、人間そのものの仕組み、〈なんで僕らは生きてるんだろう?〉みたいなことに関して考え始めるようになったのは。それは今でもずっと考えています」

――正解のない問いですもんね。

koshi「答えの出ない問いだからこそ価値があるかなとも思うし。それをこうやってアウトプットしながら見つけ出したいなと思ってますね。

僕、多分、社会人をやっていてパンクしたときも、本当はアウトプットをしなきゃいけなかったんですよね。言いたいことはあったのにアウトプットできなかったから、多分、爆発しちゃって。高校とか大学のときは、ものを書いたり何かを作ったり、音楽ではないところで色々やっていたので」

eba「何かを作らなきゃいけない人間っていうのは、僕も同じ」

koshi「それはebaさんに誘われて音楽を始めなかったら気づかなかったのかもしれないし、そう思うとゾッとしますね。今まで生きていたかどうかもわからないなって思っちゃいます。本当に、音楽を始めてからいろんなものに救われているので。

だから、死生観についてもそうなんですけど、自分の救いもずっと探しているし、その救いを探すプロセスが誰かの救いにもなれば、ということはずっと思っていて。歌詞で伝えたいことでいうと、結局そういうことなのかもしれないですね」

 

「サマータイムレンダ」の曲だからこそ〈一度きり〉を歌いたかった

――“回夏”でいうと、「サマータイムレンダ」のストーリーとkoshiさんの死生観をどう重ね合わせながら書いたと言えますか? 具体的に訊くと、過去や後悔をどう乗り越えていくのか、もしくはそれらとどう付き合って一緒に生きていくのか、そのあたりのことをkoshiさんはどう考えていらっしゃるのかなと。

koshi「どうしようもない後悔というのは絶対にあるし、僕たちは引き摺り続けるんだけども、何が起きようと誰を失おうと〈生きていくしかないんだ〉という絶対的なことがあって。それに尽きるんですよね。その〈生きていくしかないんだ〉ということをどう飲み込み続けるか、どう自分で解釈し続けるか、それがcadodeのテーマでもあるし、これからずっと言い続けることでもあると思います。

これまでも喪失を明確にテーマにした曲はいくつかあって。“暁、星に”(2018年)とか“たらちね”(2020年)は母の話で、“あの夏で待ってる”(2021年)は祖父母や友達が亡くなったことを思って書いた曲なんです。

2020年のシングル“たらちね”

今までもずっと悲しみや喪失に関してはcadodeの曲で書いてきたんですけど、向き合い方は変わってきているなと自分でも思います。乗り越えるものというよりは、受け入れるしか先に進みようがないものだと思うので、その受け入れ方みたいなものを曲の中でずっと模索してるんだと思いますね」

――歴史的に有名な哲学者でも生きている間に考えが変わっていったわけですし、人間、死生観が変わっていくのは当然のことですよね。今はどう考えていて、“回夏”ではどういった考えが表れたと言えますか。

koshi「ひとつわかりやすい話で言うと、サビの〈あまりに短い夏だけで〉という部分は、ebaさんからデモが来る前から言いたいと考えていたことでもあったんです。

“回夏”は青春を描いた『サマータイムレンダ』の曲で、僕たちも今青春を生きている。そして、人生の象徴は青春であり、青春の象徴は夏だと思うんですね。だからその夏は一度きりだし、人生は一度きりなので……やっていくしかないですね、ということを、“回夏”ではうまく言えたかなという気はしています。『サマータイムレンダ』の曲だからこそ、〈一度きり〉ということをあえて言いたかったんです」