Photo by 大田高充

音によってとらえなおされる世界の豊かさに出会う

 「フィールド・レコーディング」とは、「レコーディング・スタジオ以外のさまざまな場所で音や音楽を録音する行為」と「その録音物」である、と柳沢英輔はひとまず定義する。本書は、そうした録音手法とそれによって記録された音が、どのような意味を持つものなのかを説明しながら、先の定義が、本来の民俗学、人類学的視点から行なわれる現地録音にとどまらない、多様な拡がりを持つことを詳らかにする。

 柳沢は、自身の研究として、ベトナム中部高原で、山岳少数民族のゴングの音楽および音文化のフィールド・レコーディングを行ない、また、岩田茉莉江とともに、沖縄・南大東島の音をおさめたCDと音絵冊子のコラボレーション作品『うみなりとなり』を発表している。2000年代前半、ラップトップ・コンピュータを使って演奏する、エレクトロニカと呼ばれるようになる動向を体験し、そこからより実験的な音楽、音響作品にふれるようになったという。当時、環境音を電子音や楽器とのアンサンブルの中にひとつの要素として取り入れた作品が多く作られるようになっていた。それは、音としてのおもしろさへの興味を感性的なものとして注目した作品群が音響派と呼ばれていた時代でもあった。

柳沢英輔 『フィールド・レコーディング入門 響きのなかで世界と出会う』 フィルムアート社(2022)

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 巻末の佐々木敦と角田俊也との鼎談でも触れられているように、柳沢は、録音された音を音楽としてとらえない。音を、音響的なおもしろさにとどまらない、時間や場所、歴史といった文脈を背景にした情報を持ったものと考える。「ある録音を誰かが聴くのと、僕が聴くのと、また別の人が聴くのとでは、また全然違う風景が描かれる」というように、録音という行為を、「客観的な音の記録というよりも、録音者の視点と、対象とのさまざまな関係性のあり方が織り込まれたもの」であると言う。また、本書には、録音の機材や方法など、技術的、実践的な説明もあるが、一方、「その場にいて、集中して観察する、というその体験自体がフィールド・レコーディングの醍醐味」であると言うように、録音の技術的な側面だけではない面白さがあるということを伝えるものでもある。そこでは、普段聞こえてこない音を顕在化させることで、見えている世界はどのように変化するかというような、視覚に偏重した感覚世界を大きく変えてしまう音の作品も多く紹介されている。

 この本を読み終えると、「フィールド・レコーディング」への認識も拡張され、大きく変わっていることだろう。