総合芸術としてのフェスデザインを堪能する至福の時間
1990年代後半から2000年代初頭、非日常的な時空間を求めて熱にうかされたかのように足を運んでいたロックフェスへの思いも幾分おちつき、初夏から盛夏の音楽ファンの民族大移動とは逆向きに、ひっそり家にいるのもオツかもしれないと思いはじめていた2008年、〈新しい音楽の空間〉の謳い文句とともにはじまったのが〈WORLD HAPPINESS〉だった。その企画の主旨を、キュレーターをつとめた高橋幸宏の多彩な構想から要約すると、若者だけでなく、親子二世代、友人知人と気軽に赴ける都市型フェスで、緑と自然を肌に感じながら環境問題をはじめ、持続可能な社会の諸問題にも思いをはせるというようなものになろうか。当時すでに混雑気味だった野外フェス界隈では人選の成否が集客を、ひいては企画の存亡を左右したはずだが、出演者が運営を兼ねるワーハピは他のフェスに較べてどこか恬淡としたたたずまいがあった。玄関のドアのすぐ向こうが会場の夢の島であるかのような、心的な跳躍よりも日々の生活のつづきのような肩肘張らない空気感も相俟って、音楽はもとより、音楽以外の問題提起もとってつけた感はまるでなかったことをはっきり思い出す。
本作は12年間、11回分の〈WORLD HAPPINESS〉の歴史をCD 4枚と、5時間近い映像を収録したBD、116ページのブックレットに収めた豪華セット。軸となるのはpupa、In Phase、THE BEATNIKS、METAFIVEなど、高橋幸宏関連のグループだが、比重を占めるのは同時期に28年ぶりに活動を活発化させていたYMOで、有名曲(全曲そうなのだけど)を惜しげもなく繰り出すさまは、当時のメンバーの心境を映し出すかのようで、音の対話から生まれるサウンドにはライヴらしいヒューマンな温かみがあり、時間を忘れて聴き入ってしまう。音と映像で可能なかぎり広範囲をカヴァーした選曲もうれしい。なにより特筆すべきはこのようなフェスをデザイン──という言葉がやはりふさわしい──し、やりとげた高橋幸宏のセンスと穏やかな気骨である。