時間と空間が揺らぐ音楽、時間に積極的な介入を試みるドラマー
コロナ禍以前は、国内の小さなライヴハウスにも数多く海外のアーティストが来演し、音楽的にも文化的にも意義深い交流が盛んだった。特に欧州は政府からの助成が手厚いこともあり、様々なジャンルのアーティストが定期的といっていいほど来日していた。ガール・ニルセンもその一人。ノルウェー人ドラマーの彼は、コロナ前に日本の主要な都市での公演を果たしていた。今回、すでに来日公演も済ませたトリオ、〈アコースティック・ユニティー〉の、ECMからリリースされる最新作に合わせて取材した。
「トリオのサックス奏者、アンドレとは20年の付き合いで、ベース奏者のペーターは、2005年にジャンゴ・ベイツのトリオで一緒になって以来の付き合い。このトリオはあるときオスロでやった緩いセッションがそもそものきっかけだった。それ以来しばらく演奏していなかったんだけれど、トロンハイム・ジャズ・オーケストラなんかで一緒になって、三人で本気で何かやってみようという気持ちになった。それで2014年にオスロに二人を招いて最初のアルバム『Firehouse』を録音したんだ」
以来バンドはライヴアルバムと前作の『To Whom Who Buys A Record』を制作し、欧州や日本で精力的にライヴを行ってきた。
彼のHPを見れば分かる通り、ニルセンはあらゆるジャンルを網羅するいくつものプロジェクトを立ち上げ凄まじい数のアルバムを制作している。2013年の『Drumming Music』はパーカッションとドラムをダビングして制作したソロアルバムでまるでハン・ベニンクのようなユーモアが聴こえるし、長く続くBushman’s Revengeを聴けば、彼のヒーローであるスチュアート・コープランドのようなタイトでしなやかなドラムサウンドが響き渡る。
「ノルウェーのドラマーだと祖父、父それにヤン・クリステンセンだけど一番インスパイアされたのは、オーダン・クレイヴ。テリエ・リピダルの“Blue”とかで演奏していて、非常に繊細で、力強い演奏する。彼から自分の音楽と向き合うことを教えられた」
自分の音楽とは?
「できるだけオープンなフォームがいい。今回のアルバムはまさに伸縮自在な時間と空間がテーマになっている。そしてそれがタイトルの意味だ。ドラマーはタイムキーパーではないから」
つまり時間と空間が揺らぐ音楽、時間に積極的な介入を試みるドラマー。今回のアルバムではその音楽を非常にクリアな状態に定着できた。
「ECMは素晴らしい環境を用意してくれた。前回はワンルームで三人がアンプなしで演奏したものを録音した。それぞれの音がマイクに乗ってちょっとすごかったんだけど、今回は個室に分かれて録音した。このアルバムではある意味、静けさがテーマだった。もともとお互いの音をよく聴く習慣は三人に身に染みているから非常に濃密な演奏になったと思う」
ヤン・ガルバレクの『トリプティコン』の手触りに似ていると伝えると非常に喜んでいた。
オスロにある自宅は、キース・ジャレットが『フェイシング・ユー』を、ヤン・ガルバレクが『アフリーク・ペッパーバード』録音したレインボー・スタジオから数百メートルのところにある。現在38歳の彼は、生まれも育ちもECMチルドレン。マンフレッド・アイヒャーと今回アルバムをプロデュースしたスティーヴ・レイクが愛してやまないアルバート・アイラーとオーネット・コールマンはニルセンにとってもヒーローだそうで、アルバム最後の彼のオリジナル、“Room Next To Her”はまさにアイラーへのオマージュに聴こえた。そういえば、バンド名もアイラーのスピリチュアル・ユニティーに由来する。
「ヴィブラフォンで作曲するから、もともとそういう感じではなかった(笑)。ジョナサン・ウィルソンという有名なシンガー・ソングライターの曲を聴いていて思いついたんだけれど、バス・サックスのサウンドがそういう印象をあたえるのかもね。バンドではそういうアイデアの交換は大切だ」
アルバムリリース後は欧州を中心にびっしり公演が組まれている。しかし彼の心はそこにあらず。
「日本のあるライヴハウスに僕のドラムセットが置きっぱなしになっていて、早く回収したいんだよね(笑)」
ガール・ニルセン(Gard Nilssen)
ノルウェー出身でオスロ在住のドラマー/コンポーザー/プロデューサー/バンドリーダー。ドラマーばかりの音楽一家に生まれ育ち、故郷のSkienでマーチング・バンドやビッグ・バンドを結成していた経歴を持つ。2003年から2009年までNTNUジャズ音楽大学にてジャズの修士号を取得。Gard Nilssen Acoustic Unity、Bushman’s Revenge、sPacemonKey、Amgala Temple、Ruby、Gard Nilssen Supersonic Orchestraといった自身のバンドで年間200日は世界中を飛び回っており、ヨーロッパのジャズシーンで最も注目され活躍しているドラマーの一人。2019年にはモルデ国際ジャズフェスティバルの〈アーティスト・イン・レジデンス〉を務めた。音楽全般を愛し、ジャンルに全くこだわらない、骨の髄までヴィンテージ・ドラム・フリークであり、Gigafonという自身のレコード・レーベルを持つレコード・コレクターでもある。