河合奈保子の『LIVE(+5)』『NAOKO IN CONCERT(+2)』『ブリリアント〈レディ奈保子 イン・コンサート〉(+2)』『NAOKO THANKSGIVING PARTY』という4作が世界初のSACDハイブリッド盤で、タワーレコード限定で再発された。内沼映二を監修に迎え、ステレオサウンドの協力のもと、最新リマスタリングを施した高音質リイシューシリーズの新作だ。今回は、そんな〈あの頃〉の生歌がパッキングされた4作から、実力派アイドル・河合奈保子の魅力に音楽評論家の原田和典が迫った。 *Mikiki編集部


 

「すずめの戸締まり」で話題、アイドル黄金時代を牽引した実力派

新海誠監督の話題作「すずめの戸締まり」の中で、実に効果的に使われている楽曲。それが“けんかをやめて”(82年)である。歌い手は河合奈保子。80年代のアイドル黄金時代を牽引した、屈指の実力派だ。

83年作『あるばむ』収録曲“けんかをやめて”

63年、大阪府生まれ。小学1年生からピアノを習い始め、親戚からギターの弾き方も学んで、中学の時はフォークソングクラブ、高校ではマンドリンクラブに所属したというから、根っからの音楽少女なのだろう。ピアノの先生を志していた時期もあったようだが、79年、〈HIDEKIの弟・妹募集オーディション〉に応募し、見事グランプリを勝ち取った。79年のHIDEKIこと西城秀樹といえば、“YOUNG MAN (Y.M.C.A.)”の驚異的なメガヒットで人気のピークを迎えていた時期。競争率も尋常ではなかったと思われるが、とにかく河合奈保子は芸能界入りを選んだ。

デビュー曲は80年6月1日リリースの“大きな森の小さなお家”。同じ日には、やはり大阪府生まれの柏原よしえ(若き日の今生天皇のフェイバリットであった。82年10月から柏原芳恵の名義に)が“No.1”でデビューしており、その2か月前には松田聖子のデビュー曲“裸足の季節”が出ていた。彼女たちの先輩アイドルでは、結婚の決まった山口百恵がラストスパートに向けて邁進し、石野真子、倉田まり子らもヒットを重ねていた。当時の自分は田舎のハナタレ小僧だったが、大人になってから資料館や図書館などに足を運んで当時のアイドル雑誌をひもとくたびに、〈過渡期のエキサイトメントは、こんなにすごいものだったのか〉と唸らずにいられなくなる。

80年作『LOVE』収録曲“ヤング・ボーイ”

タワーレコードとステレオサウンドの共同企画として2021年から続いてきた好評プロジェクト、河合奈保子のアルバムのSACDハイブリッド化企画も、いよいよ佳境に入ってきた。今回は4種のライブ盤がまとめてリリースされる。リアルタイムの演唱に間に合わなかった世代にとって、ライブ盤は一種のタイムマシン。個人的には今、当時の河合奈保子と同じような年齢の方、または「すずめの戸締まり」で彼女を新たに知ったファンにこそ聴いてほしいと強く願う次第だ。

 

親衛隊の熱狂的な声援を浴びながら第一級の生歌を聴かせる

『LIVE(+5)』は、セカンドシングル“ヤング・ボーイ”がヒット中の80年10月に芝・郵便貯金ホールで行われたステージを収録。初めてのワンマンコンサートであったとのことだが、声はつややか、よく伸びて、半音階の発声も明瞭で、すでに第一級の歌い手だ。

河合奈保子 『LIVE(+5)(タワーレコード限定)』 Tower to the People/コロムビア(2023)

80年作『LOVE』収録曲“ヤング・ボーイ”

しかもそこに初々しさが加味されているのだから、そりゃあ親衛隊が熱狂するのも当然。〈親衛隊〉という、もはや死語となった言葉については各自お調べいただきたいが、アイドルファンというマインドは同じとはいえ、昨今の〈ヲタ〉とは一線を画する熱気、一体感、〈俺が彼女を支える〉感に溢れているし、計測不可能な青春度の高さも伝わる。ホイッスル(体育の笛)を含む賑やかな、けれど音楽のグルーヴを決して乱すことのない応援ぶりは感動的ですらある。

“Overture”の中でコーラスが歌う〈Blue Canary~〉という一節は、デビュー当時のキャッチフレーズ〈微笑みさわやか、カナリー・ギャル〉にちなむ。つまり彼女の美声をカナリア(Canary)にたとえているわけだ。バックバンドはホーンセクションも含む実にゴージャスなもの。2トランペットを生かしたアレンジにはアレンジャーの職人気質も感じられる。

今回追加された5トラックは、難病と闘う少女をモチーフにした物語を久米明が朗読し、河合が楽曲を歌うという構成。重鎮ナレーター・久米の語りはまさに迫真と呼ぶにふさわしく、少女の心や肉体が体験した苦しさがこちらにも伝わってきて、個人的にはヘビーになるところもある。が、〈往年のアイドルライブには、こうしたラジオドラマ的なあった〉ということを知るのも、一種の学びだ。

デビューから満4カ月の時点で、河合奈保子は、背後でフルバンドの分厚い音を、目前でファンの熱狂的な声援を浴びながら、イヤモニなど存在すらしていない状況の中、生声でここまでのパフォーマンスをしていた!