©Caroline Doutre

頭脳明晰、ダイナミックな音の世界はまさに大器の予感

 NHK交響楽団の定期公演、そして銀座・王子ホールでのリサイタルに出演するために久々に日本にやって来たピアニスト、マリー=アンジュ・グッチ。若いピアニストをチェックしている方なら〈ラ・フォル・ジュルネ〉東京公演で、何回かその実演に触れたかもしれない。リサイタル直前にインタヴューする機会を得た。

 「パーヴォ・ヤルヴィとNHK交響楽団との共演は素晴らしい経験をもたらしてくれました。オーケストラはとても積極的にコミュニケイトしてくれる。そしてサントリーホールの音響の良さと、ヤルヴィの熱意が加わって、ラフマニノフの魅力を充分に伝えることが出来たと思います」

 とグッチ。今回のインタヴューは英語だったが、アルバニア出身でフランスに住む彼女は7カ国語を操る。デンマーク語も学んでいるが、それは「デンマーク語を学ぶのは他の北欧諸国の言葉に通じる部分が多いから」と明晰な答えが返って来た。インテリジェンスに溢れた人である。

 録音はまだ少なく、『鏡』と題された作品集がリリースされているが、これはフランクなどオルガン曲も書く作曲家のピアノ曲を集めた1枚で、彼女自身がライナーノーツを書いている。とりわけ、現代フランスを代表する作曲家エスケシュの演奏が注目される。

 「現代の作曲家たちとのコラボレーションは私にとって大きな意味を持っています。エスケシュとも絶えず連絡を取っていて、音楽的なアイディアを交換しています」

 王子ホールのリサイタルでは直前に曲目を変更し、プロコフィエフの“第6番”のソナタを弾いた。

 「戦争ソナタとして有名な1曲ですが、その戦争とは作曲家の内面を表現するものでもあったと思います。古い世界の崩壊、グロテスクな現実、それに直面する作曲家としての葛藤。まさにそれが音楽として表現された作品で、いま弾きたいと強く思いました」

 新しい録音が待たれるけれど、このコロナ禍でいくつかのプロジェクトは停滞し、まだ検討の段階を抜けていないと言う。

 「ただラヴェルの2曲、ラフマニノフ、あるいはブラームスの2曲の協奏曲など、オーケストラを巻き込んだプロジェクトがあり、秋以降には本格化するでしょう」

 と彼女は語る。楽しみに待ちたい。王子ホールのリサイタルではその本領を発揮。特にラフマニノフの“ショパンの主題による変奏曲”の巧みな語り口とダイナミックな音の世界は、まさに大器と呼ぶにふさわしい彼女の才能を存分に感じさせてくれた。