育ての親である内海桂子師匠とナイツを結ぶ頑丈なえにしの糸は、映画内でもしっかりと描かれている(ある意味、桂子師匠のあまりに大きな影響力からけっして逃げられない定めを見つめ直す作業がこの映画制作の根本となっているような気もする)。ところで今回、どうしても映画に入れられなかったシーンや泣く泣くカットした箇所などはなかったのだろうか。
塙「大空遊平師匠ですかね。彼はボーリングがすごく好きで、ボーリング仲間と飲んだ帰りに、線路におっこっちゃった。そういう大変な目にあった彼へのインタヴューですよ。喫茶店で3時間ぐらい撮ったと思うんですけど、その内容がほぼボーリング話だった。人生について語ってんのかな?と思ったら、どうやったらボーリングが上手くなるのかって話で。あれはしびれましたね。もちろん全部カットです」
夫婦漫才コンビ〈大空遊平・かおり〉で人気を博し、離婚によるコンビ解消後はピン芸人のほか〈ふるさとコンビ〉としても活動していたが、2022年、酔っぱらって線路に落下し、電車と接触する事故に遭遇。右腕を切断するという瀕死の重傷を負いながらも、懸命のリハビリを経て舞台に復帰、現在は義手で三味線を弾く漫談師として活動する彼も映画の重要な登場人物のひとりだ。個人的には幻の師匠、高峰コダマさんの登場に心が躍らされた。何十年も音信不通だった彼を、舞台復帰する前にスクリーン・デビューさせてしまうとは。塙監督ここにあり、というべき快挙だ。
今回、ザ・ハイロウズの“笑ってあげる”が主題歌に使われていることにも注目したい。99年作『バームクーヘン』に収録されていたこの曲がずっと大好きだった塙たっての希望で実現したそうだが、起用した理由を聞くと〈この歌詞はスゲエ共感しかないんです〉とのこと。
塙「やっぱり、もがかないとダメだな、って思う。俗世間から離れて修行したって意味がない。日々の苦しみが芸の肥やしになる、というのがひとつテーマとしてあるんです。世のなかには笑えない人がいっぱいいて、そういう人たちに、笑いでこうやっていろんなものを変えられるんだよ、ってところを伝えられたらと思っているんで」
つまりは自身のお笑いに対するスタンスがこの曲の隅々に刻み込まれているのだと。
塙「お笑いって別に僕らが作ったものじゃない。芸人だけが特権的にやれているわけじゃなくて、誰にとっても平等なもの。サラリーマンだって昼休みに大喜利大会を開くことができるし、草野球みたいに〈草お笑い〉をやればいいと思っているんです。もちろんお金を払って観に来てくださった方には、プロじゃないと作れないものを僕らは提供している。でもって、僕はこういうふうに笑いを作りましたけど、どうですか?っていうスタンス。それを観た人が今度は家に帰って、ナイツがこういうこと言っててさ、なんて話をして、そこにまた笑いが生まれることをめざしているというか、そのためにやってる感じがある」
週に6本のラジオ番組に出演し、寄席やライヴだけでなくテレビやYouTubeの番組をこなしながら、最近では劇団まで旗揚げしちゃうなどワーカホリックという表現がピッタリくる彼に、映画監督という肩書までが加わってしまった。彼をここまで駆り立てるものはいったい?と訊くと、「基本的に、せっかちなんですよ」と笑ってみせる。
塙「週30本テレビ・ドラマを観ているのも、すべて漫才やラジオのフリートークのネタに還元するためなんですけどね。ただ、止まると死ぬ的性格の持ち主でもあるし、どんなものでもお金をもらっているんだから仕事として全力でやらないと申し訳ない、って気持ちになってしまう。それって引退しないかぎりずっと付きまとうので、早く引退したいんですよ。とにかく旅行とか行きたいんですよ。毎日仕事ばっかで、子供ともゆっくり遊べないし、何のために働いているんだろう?って虚しくなるんですよ。基本的にラクしたい人だから。ラクしたいがために芸人になったのに、なんでこんなになっちゃったのか、矛盾してますよ。きっと生涯漫才師をやるんだろう、とか思ってるかもしれないけど、ぜんぜん違う」
しかし向こう20年を見越して今回こんな映画まで撮ってしまったわけで。漫才協会の行く末をしっかり見守る責任を担うことになったからには、矛盾を抱えながら、大いにあがき続けるしかないのだろう。ひょっとすると数年後、続編となる「おぼん・こぼん物語」が上映されているかもしれないし。
塙 宣之(はなわ・のぶゆき)
マセキ芸能社所属。2000年ボケの塙とツッコミの土屋の漫才コンビを結成。内海桂子の弟子として活動。2003年漫才協団(現・漫才協会)・漫才新人大賞受賞。2008年お笑いホープ大賞THE FINAL優勝&NHK新人演芸大賞受賞。M-1グランプリでは2008年、2009年、2010年に3年連続で決勝進出。THE MANZAI 2011準優勝。2007年6月には史上最年少で漫才協会の理事に就任し、2018年にはM-1グランプリの審査員を務める。2019年には自身が考える漫才論を書いた書籍「言い訳:関東芸人はなぜM‐1で勝てないのか」出版。漫才論だけでなく日本における東西でのコミュニケーションの差異や〈ヤホー漫才〉の誕生秘話を収め、発行部数10万部を超え非常に高く評価されている。落語芸術協会、三遊亭小遊三一門として寄席でも活躍中。平成25年度文化庁芸術祭 大衆芸能部門 優秀賞受賞。第39回浅草芸能大賞 大賞受賞(2022年度)。文筆活動やドラマ・舞台でも活躍中。
寄稿者プロフィール
桑原シロー(くわはら・しろう)
1970年、三重県生まれ、国分寺在住の音楽ライター。音楽誌の編集を経て、2009年よりフリーランスでの活動をスタート。那智勝浦在住の異能のギタリストのマネージャー業も今年で10年目を迎えた。なんらかの記念行事をひそかに企画中。
MOVIE INFORMATION
「漫才協会 THE MOVIE~舞台の上の懲りない面々~」

監督:ナイツ・塙宣之
ナレーション:小泉今日子/ナイツ・土屋伸之
題字・お目付役:高田文夫(漫才協会外部理事)
出演:青空球児・好児/おぼん・こぼん/ロケット団/宮田陽・昇/たにし/U字工事/ねづっち/大空遊平/はまこ・テラこ/錦鯉/ビートきよし(特別出演)/爆笑問題(友情出演)/サンドウィッチマン(友情出演)
エンディングテーマ:ザ・ハイロウズ “笑ってあげる”(作詞/作曲:真島昌利 Licensed by USM JAPAN,A UNIVERSAL MUSIC COMPANY)
挿入曲 作曲・ピアノ:紀平凱成
配給:KADOKAWA
(2024年|日本|100分)
2024年3月1日(金)より角川シネマ有楽町ほか全国ロードショー
https://mankyo-the-movie.com/