ナイツ塙を巡る芸人たちの愉快で愛すべき生き様を追ったドキュメンタリー映画が完成

 近代漫才のパイオニアと呼ばれる横山エンタツ・花菱アチャコが、しゃべくり漫才のスタイルを確立してから90余年。いたってシンプルでありながらきわめて奥が深いこの芸と格闘し、限界の先にあるフロンティアをめざそうとする漫才師たちの熾烈なレースが相も変わらず繰り広げられている。その先頭集団でひときわ存在感を放っているのが、ナイツだ。東京漫才シーンを牽引するトップランナーであり、江戸前で笑いたい(©高田文夫)向きから高い支持を受けるコンビのボケ担当、塙宣之がこのたび映画監督業に乗り出した。タイトルは「漫才協会THE MOVIE ~舞台の上の懲りない面々~」。都内唯一の〈いろもの寄席〉である〈浅草フランス座演芸場 東洋館〉の舞台に立つ〈一般社団法人 漫才協会〉の芸人たちの愉快で愛すべき生き様を追ったドキュメンタリー作品なのだが、聞けば、塙が史上最年少で代表理事に就任したことをきっかけに取り組んだプロジェクトではないのだそう。

「まだ副会長だったときに映画の話が来て、2022年の秋ごろから撮影をはじめたんですけど、正直、ここだな、ってポイントだったのかもしれないですね。会長を就任したのが23年の6月。6代目会長の青空球児師匠から、次はお前やれよ、って8年間言われ続けていたんですけど、今回はみずから率先して、やります!って言ったんです。というのも転機だと思えたから。映画を撮影していた影響もちょっとあったかもしれないですね。とにかくいまが世代交代のいちばんのときなので」

 ここだな、という言葉が指しているのは、まずひとつに、多くの師匠連中たちが次々鬼籍に入ってしまっている現状だ。会員の半分以上を師匠格が占めていた時代に入会を果たし、彼らとの間にふっくら香ばしいエピソードを育んできた塙ならば、危機感をおぼえるのも当然だろう。もうひとつには、自分たちがもはや中堅芸人として扱われるポジションに到達しているという事実認識。われわれもまた師匠たちのように若手からしっかり正しくイジってもらえるようになるためにはどうすればいいか。きっとそんな意識を働かせながら映画作りを進行させていったのでは? ということがさまざまな芸人たちに注がれる彼の視線から容易に推察できる。つまり監督がめざしたのは、盤石な未来を構築するために大いに役立つ魅力的な芸人図鑑を作ること。

「新たに構築中の漫才協会は20年後ぐらいに評価してもらえると思いますね。次々にスカウトしてきたいま40代の芸人たち(錦鯉からオリエンタルラジオまで実にヴァラエティー豊富!)もそれぐらい経つと、師匠、師匠、って呼ばれる存在になっているだろうし、僕らが入った頃の漫才協会に近い状況になるのは間違いない。自分がやってきたなかでこれがいちばんよかったことじゃないかと思います」

 「人間社会の縮図が漫才協会にある。それを見せたかった、ってことですかね」とも監督は語っていたが、たしかにここにはこぼれんばかりの人間味を湛えたキャラがひしめき合っていて、昨今ふたたび脚光を浴びる〈おぼん・こぼん〉をはじめ、単独で1本の作品が作れてしまうほどドラマティックな人生を歩んできた面々が登場する。

「師匠方はみんな、いまでもまだまだ売れたい!と強く思っているんですよ。そこが若手からするといちばんリスペクトできるところ。現役の漫才師として舞台で爆笑をかっさらいたい。舞台を降りて若手を育てる側にまわる、なんて絶対にイヤ。そんな彼らがウケるネタ作りに日夜苦しんでいる背中を見て、若い子たちも育っていく。そもそも桂子師匠がそうでした。芸については何にも教えてくれない。私がいちばんおもしろいんだ!って人でしたから。その姿勢が勉強になったし、そこは漫才協会に入っていちばんよかったと思えるところ。上下関係はあっても、みんな漫才という同じ土俵で戦うライヴァル。ただ若手と歳が離れすぎているから、孫のように映っているかもしれない。だから関係がピリつくこともない」