偉大なる〈ペテン師〉の一代記

ポール・ゴーマン, 川田倫代 『評伝 マルコム・マクラーレン』 イースト・プレス(2024)

 セックス・ピストルズの仕掛け人、あるいはパンク・ロックのゴッドファーザー。それがマルコム・マクラーレンに関する一般的認識ではある。たしかにマルコムがいなかったら、ピストルズは生まれなかったし、パンク以降のロック史もかなり違うものになっていたはずだ。が、ピストルズ関連のもろもろのドタバタ劇はこの男の波乱万丈な人生のごく一部でしかない。彼自身が80年代以降にすぐれたアルバムを何枚も出したミュージシャンだったし、画家やファッション・デザイナー、起業家や映画製作者でもあった。ロンドン市長選にも本気で挑んだ。飽くなき好奇心と探求心の下、様々なポップ・カルチャーやメディアに首をつっこみ、巧みな言葉と粗野なふるまいで周囲の人間たちを巻き込み、派手に花火を打ち上げ、常識や慣例を叩き壊して走り去ってゆく。まさに口八丁手八丁。64年(1946-2010)という短い生涯ではあったが、これほど毀誉褒貶にまみれつつ、しかし自分の思い通りに愉快な人生を駆け抜けた者は稀である。そんな男の伝記が面白くないわけがない。

 話は祖父母の代から始まり、極めて特殊な家庭環境下で成長したロンドンでの幼少期、アート・スクールを転々としながらファッションや音楽に関する独自の審美眼を磨いた青春期、子持ちの小学校教師ヴィヴィアン・ウェストウッドと一緒に立ち上げたブティック(レット・イット・ロック~セックス)のスキャンダラスな服、米国でのニューヨーク・ドールズとの出会いで火がついた音楽界進出の野望、セックス・ピストルズによるパンク革命、アダム&ジ・アンツやバウ・ワウ・ワウでの更なるバカ騒ぎ、ヒップホップやワールド・ミュージックをいち早く取り込んだ自身の革新的デビュー・アルバムなどなど……スイスで亡くなる直前まで続いたマルコムの攪乱と挑発の物語がこと細かに綴られてゆく。関係者への取材量もすさまじく、登場人物の数は「戦争と平和」並みか。彼が存命時の30年ほど前にも「セックス・ピストルズを操った男:マルコム・マクラーレンのねじけた人生」なる半生記が出たが、それとは比較にならないほど膨大な情報を詰め込んだ2段組み全760ページだ。

 傍若無人で、どこに行ってもトラブルの種。家庭人としても0点。通読後改めて思った。こんな奴とは絶対に友達になりたくないと。そして、うらやましくも思った。なんと楽しく刺激的な人生かと。

 幼少期に祖母(これがまた奇人)から叩き込まれた人生訓〈悪いことは良いことだ。だって良いことは、ただつまらないし退屈だから〉を律儀に守り続けた創造的扇
動者の一種のピカレスク・ロマンであり、音楽とファッションを軸に繰り広げられた輝かしいシチュアシオニスム戦記でもある。