日本屈指のソウル・ディーヴァ、アレサ・フランクリンを歌う
人呼んで〈歌怪獣〉。島津亜矢がそんな異名で讃えられてきたのは、演歌だけでなくどんな曲でも豪快かつ巧みに歌いこなしてしまうモンスター級の歌唱力の持ち主だからである。1986年、15才で歌手デビューした島津は演歌歌手としてたくさんの作品を発表してきたが、並行して2010年からは〈Singer〉シリーズと銘打って内外のポップスやソウルなどのカヴァ・アルバムもリリースしてきた。現在までに8枚を数える〈Singer〉シリーズの作品を通して、ジャンルの壁を越えた普遍的〈ソウル〉に打たれ、島津のファンになったリスナー(私を含む)も少なくないはずだ。そう、まさに島津亜矢こそは現在の日本を代表するソウル・ディーヴァなのである。
その島津が今回、決定打とも言うべきアルバム、アヤ・シマヅ名義による『AYA’s Soul Searchin’ -Aretha Franklin- 』を発表した。タイトルにあるとおり、ソウル・ミュージック界の不滅の女帝アレサ・フランクリンの持ち歌だけをカヴァした(1曲のオリジナル曲を除く)チャレンジングな作品だ。総合プロデューサーは、本邦屈指のソウル・ミュージック伝道師、松尾潔。バッキングは、日本を代表するファンク/ソウル系バンドのオーサカ=モノレール。編曲担当もオーサカ=モノレールのリーダー中田亮だ。
島津の作品はこれまでずっとテイチクからリリースされてきたのだが、今作はワーナー傘下のアトランティック・ジャパンでの制作/発売。これが、アレサの60~70年代名作群のリリース元である米アトランティックを意識した特例であることは言うまでもない。
そもそも本作誕生のきっかけは、島津がアレサの伝記映画「リスペクト」(2021年公開)に打ちのめされたことだったという。衝撃を受けた島津が「いつか歌ってみたい」と周囲に語っていたら、それが松尾に伝わってにわかに企画が立ち上がり、松尾がワーナーとオーサカ=モノレールを巻き込んだ、という流れだ。
「コンサートで歌えたらいいな、ぐらいの気持ちだったんですが、まさかカヴァ・アルバムを作れるなんて想像もしてませんでした」と笑う島津。しかし彼女は、映画を観るまではアレサのことはほとんど知らなかったのだという。
「母が演歌好きで、私がお腹の中にいる時から胎教でずっと演歌を聴かせていたそうです。演歌を歌える子が欲しいと。私は物心ついた頃から北島三郎さんが特に好きで、ずっと演歌しか知らなかったし、演歌のことしか考えていなかった。80年代の思春期にはアイドルものも聴いてはいたけど、私の中では北島三郎さんを超える人はいなかった。英語の歌もほとんど聴いた記憶がないです。変わった子だったと思います」。
しかし7~8年前、演歌ピューリタンにも変化が訪れた。
「テレビの歌番組で演歌以外の人たちと共演する機会が増えていったんですが、そういう人たちは本番前、特に緊張もせず、でも本番ではものすごくのびのびと自由に、楽しくハジケている。その姿を見て、音楽はこれでいいんだなと初めて気づかされたんです」。
自身の意識の変化と共にファン層も広がってゆき、近年は親子3代でコンサートに来る客もいるという。
「演歌をダサいものだと思わず、素直に耳を傾けてくれる若い人が増えたことがうれしいですね」。
そんな島津の歌手としてのヴァーサティリティと普遍的魅力に早くから魅せられていたのが松尾潔だ。本作はアレサのレパートリーのカヴァ8曲と、オリジナル曲“いつでもふたり”(作詞:松尾潔、作曲:松尾潔&豊島吉宏)の計9曲から成るが、松尾が選曲したアレサの8曲は“Think”“Respect”“A Natural Woman”などいずれも有名な60~70年代の名曲ばかりだ。あえてヒネリを入れない真っ向勝負の選曲と言っていい。
「私自身が好きな8曲、ではなく、アレサの代表曲と呼ぶにふさわしいものを、日本の市場での需要も考えつつ極力客観的に選びました。カヴァ・アルバムの場合、マニアもうならせる選曲は、その実、マニアしかうならせない。私自身もマニアあがりなので、その陥穽にはかなり気をつけました」という松尾の言葉には、ポップ・ミュージック市場の第一線で闘い続けてきた〈マニアあがりのプロデューサー〉としての矜持が窺える。更に、オーサカ=モノレールにバックを全面的に任せた理由についても、こう続ける。
「まず思ったのが、本作では全生(全面生演奏)がふさわしいということでした。インペグ屋さん経由で有名スタジオ・ミュージシャンを集めて短時間でさっと録る、というのは好ましくないと。彼らがたとえどんなにグルーヴィーでスキルフルであろうとも」。