日本屈指のソウル・ディーヴァ、アレサ・フランクリンを歌う

 人呼んで〈歌怪獣〉。島津亜矢がそんな異名で讃えられてきたのは、演歌だけでなくどんな曲でも豪快かつ巧みに歌いこなしてしまうモンスター級の歌唱力の持ち主だからである。1986年、15才で歌手デビューした島津は演歌歌手としてたくさんの作品を発表してきたが、並行して2010年からは〈Singer〉シリーズと銘打って内外のポップスやソウルなどのカヴァ・アルバムもリリースしてきた。現在までに8枚を数える〈Singer〉シリーズの作品を通して、ジャンルの壁を越えた普遍的〈ソウル〉に打たれ、島津のファンになったリスナー(私を含む)も少なくないはずだ。そう、まさに島津亜矢こそは現在の日本を代表するソウル・ディーヴァなのである。

島津亜矢 『AYA’s Soul Searchin’ -Aretha Franklin-』 ワーナー(2024)

 その島津が今回、決定打とも言うべきアルバム、アヤ・シマヅ名義による『AYA’s Soul Searchin’ -Aretha Franklin- 』を発表した。タイトルにあるとおり、ソウル・ミュージック界の不滅の女帝アレサ・フランクリンの持ち歌だけをカヴァした(1曲のオリジナル曲を除く)チャレンジングな作品だ。総合プロデューサーは、本邦屈指のソウル・ミュージック伝道師、松尾潔。バッキングは、日本を代表するファンク/ソウル系バンドのオーサカ=モノレール。編曲担当もオーサカ=モノレールのリーダー中田亮だ。

 島津の作品はこれまでずっとテイチクからリリースされてきたのだが、今作はワーナー傘下のアトランティック・ジャパンでの制作/発売。これが、アレサの60~70年代名作群のリリース元である米アトランティックを意識した特例であることは言うまでもない。

 そもそも本作誕生のきっかけは、島津がアレサの伝記映画「リスペクト」(2021年公開)に打ちのめされたことだったという。衝撃を受けた島津が「いつか歌ってみたい」と周囲に語っていたら、それが松尾に伝わってにわかに企画が立ち上がり、松尾がワーナーとオーサカ=モノレールを巻き込んだ、という流れだ。

 「コンサートで歌えたらいいな、ぐらいの気持ちだったんですが、まさかカヴァ・アルバムを作れるなんて想像もしてませんでした」と笑う島津。しかし彼女は、映画を観るまではアレサのことはほとんど知らなかったのだという。

 「母が演歌好きで、私がお腹の中にいる時から胎教でずっと演歌を聴かせていたそうです。演歌を歌える子が欲しいと。私は物心ついた頃から北島三郎さんが特に好きで、ずっと演歌しか知らなかったし、演歌のことしか考えていなかった。80年代の思春期にはアイドルものも聴いてはいたけど、私の中では北島三郎さんを超える人はいなかった。英語の歌もほとんど聴いた記憶がないです。変わった子だったと思います」。

 しかし7~8年前、演歌ピューリタンにも変化が訪れた。

 「テレビの歌番組で演歌以外の人たちと共演する機会が増えていったんですが、そういう人たちは本番前、特に緊張もせず、でも本番ではものすごくのびのびと自由に、楽しくハジケている。その姿を見て、音楽はこれでいいんだなと初めて気づかされたんです」。

 自身の意識の変化と共にファン層も広がってゆき、近年は親子3代でコンサートに来る客もいるという。

「演歌をダサいものだと思わず、素直に耳を傾けてくれる若い人が増えたことがうれしいですね」。

 そんな島津の歌手としてのヴァーサティリティと普遍的魅力に早くから魅せられていたのが松尾潔だ。本作はアレサのレパートリーのカヴァ8曲と、オリジナル曲“いつでもふたり”(作詞:松尾潔、作曲:松尾潔&豊島吉宏)の計9曲から成るが、松尾が選曲したアレサの8曲は“Think”“Respect”“A Natural Woman”などいずれも有名な60~70年代の名曲ばかりだ。あえてヒネリを入れない真っ向勝負の選曲と言っていい。

 「私自身が好きな8曲、ではなく、アレサの代表曲と呼ぶにふさわしいものを、日本の市場での需要も考えつつ極力客観的に選びました。カヴァ・アルバムの場合、マニアもうならせる選曲は、その実、マニアしかうならせない。私自身もマニアあがりなので、その陥穽にはかなり気をつけました」という松尾の言葉には、ポップ・ミュージック市場の第一線で闘い続けてきた〈マニアあがりのプロデューサー〉としての矜持が窺える。更に、オーサカ=モノレールにバックを全面的に任せた理由についても、こう続ける。

 「まず思ったのが、本作では全生(全面生演奏)がふさわしいということでした。インペグ屋さん経由で有名スタジオ・ミュージシャンを集めて短時間でさっと録る、というのは好ましくないと。彼らがたとえどんなにグルーヴィーでスキルフルであろうとも」。

 

中田亮さん(左)と島津亜矢さん
Photo by 松山晋也

 アトランティックの作品でいえば、77年のアヴェレイジ・ホワイト・バンドとベン・E・キングのジョイント・アルバム『Benny And Us』のような豊かさをイメージしたという。

 「アレサの曲はリリース当時にヒットし、かつ、古典として今なお生きている現役の曲でもあります。それを裏打ちする社会的な役割もある。フェミニズムのアンセムとして有名な“Think”にしても、BLMムーヴメント以降はまた新しい価値を獲得している。ビル・ウィザーズの“Lean On Me”などと同様に。つまり、アレサはいつも新しい意味を生みだしている。そんな私の史観を共有する盟友といえば中田亮、そしてアティチュードを体現し得るバンドはオーサカ=モノレールしか考えられなかった」。

 そのオーサカ=モノレールの中田は、しかし島津亜矢についてはほとんど何も知らず、親に話したら「日本を代表する歌手やないか!」と言われてびっくりしたという。

 「結局、編曲から録音まで、出たとこ勝負みたいになったんですが(笑)、亜矢さんが気持ちよく歌えるようなトラックを作るということだけは強く意識していました。僕は元々、編曲に凝ったりして自分らしさを主張するのが好きじゃない。だから奇をてらうことはせず、原曲に忠実に編曲、演奏したんだけど、そうやっても結果的には僕ららしさが自然に出るだろうとは思っていた」。

 実際、編曲はほとんどが原曲に準じ、キーも同じだが、だからこそシンガーとしての島津の個性と力量が一段と顕わになったと言えるだろう。松尾も「今回のアルバム制作において、独創性はさほど重要視していません。最新より最良を追求したかったので。島津さんのヴォーカルが映える作品集を、が第一義としてあった」と語るように、中田と松尾の気持ち、ヴィジョンの一体化が島津の歌声を後押しし、作品に爆発的パワーを与えたのである。ヴォーカル・プロデューサー二宮英樹の特訓によって達成された見事な英語の発音も高く評価したい。

 ソウル・ミュージックとしては、卓抜した歌唱力だけで生真面目に押し切ってしまった生硬さに、個人的にはやや不満がないわけではない。実は松尾も同様に感じていたというが、「日本人シンガーが本格的にソウル・ミュージックを追求するなら生真面目にやるしかない。ウサイン・ボルトと同じ気分で走っていても決勝には出られないのだから」という久保田利伸の肯定的言葉に妙に納得させられたのだという。

 「フィルモア・ウェストでのアレサ&キング・カーティスのイメージで国内ジョイント・ツアーを実現してほしい」と松尾は語るが、どうせならアレサのホームだったアポロ・シアターに乗り込むべきだろう。

 


アヤ・シマヅ(Aya Shimazu)
幼少時代から天才少女、演歌の申し子と言われ、数々のコンテストで優勝し、15歳でメジャーデビューを果たした島津亜矢。近年ではその唯一無二の歌唱力から〈歌怪獣〉と称され、演歌から最新ポップス、洋楽までと世代、ジャンルを超えて注目を集めている。アレサ・フランクリンの生涯を描いた映画「リスペクト」に出会い、その人生と歌声に衝撃と深い感銘を受け、〈恐れ多いけど、いつか歌える機会があれば〉と思っていた中、アレサ・フランクリンをスターダムにのし上げたレーベルであるアトランティック・レコードのグループレーベル、アトランティック・ジャパンより〈アヤ・シマヅ〉として世界デビューが決定した。

 


寄稿者プロフィール
松山晋也(まつやま・しんや)

1958年生まれ。音楽評論家。著書「ピエール・バルーとサラヴァの時代」、「めかくしプレイ:Blind Jukebox」、編・共著「カン大全~永遠の未来派」、「プログレのパースペクティヴ」。その他ムック類多数。