©Sonja Werner.

北ドイツから吹くオルガンの風

 オルガンという楽器は歩いて来てはくれない。だから、その生の音に触れるためには、こちらが歩いて行かなければならない。それでも聴きに行きたいオルガンがある。あらためてそう思わせてくれたのが福本茉莉の新録音『NORTH WIND of Baroque』である。

福本茉莉 『NORTH WIND of Baroque ~シュターデのフス/シュニットガー・オルガン』 ACOUSTIC REVIVE/キングインターナショナル(2024)

 「実は私自身がそうでした。大学生の時に、ドイツのオルガンを見て廻る旅に出たのですが、その時に出会ったのがシュターデにあるフス/シュニットガー・オルガンでした。この楽器で演奏したいと強く思った事がオルガンを続ける動機ともなりましたし、その想いがようやく実現したのが今回のアルバムです」

 と福本。シュターデはドイツ北部の大都市ハンブルク近郊にある小さな街であり、そこの聖コスメ・エト・聖ダミアーニ教会に、ベレント・フスとその若い従兄弟であったアルプ・シュニットガー製作によるオルガンが現存している。1675年完成ということだ。

 「3つの手鍵盤と42のストップを持つ壮麗な楽器で、音も素晴らしいのですが、実は見た目もとても綺麗で、惹き付けられました」

 アルバムに封入されたブックレットに載る写真を見ても、それがすぐに分かるだろう。

 「完成したこのオルガンを最初に弾いたのが、まさに第1曲目に置いたヴィンツェント・リューベックでした。彼はシュニットガーのオルガンに惚れ込み、その後ハンブルクの聖ニコライ教会に作られた4段鍵盤、67ストップという当時最大規模のオルガンを演奏することになります」

 歴史を追うようにリューベックの〈前奏曲ホ長調〉から始まる福本のアルバムは、M・ヴェックマン、J・S・バッハ、H・シャイデマン、D・ブクステフーデと連なる。シュニットガーのオルガンに連なる作曲家たちだが、北ドイツのバロック、オルガンに特化した音楽とは言え、それぞれの作曲家の楽器への想いも伝わって来る。

 「バッハがブクステフーデの演奏を聴くためにリューベックへ旅したエピソードは有名ですが、バッハを衝き動かした感情を、私も理解できる気がしています」

 福本がオルガンに関心を持つきっかけになったのは、オルガンの魅力だけでなく〈ガンダム〉の影響もあったらしい。

 「オルガンの椅子に座ると分かるのですが、コックピットに乗り込んだ感覚になることがあります」

 そんな彼女が弾く17〜18世紀北ドイツ・バロック音楽は、遠い世界の音ではなく、今もまだ息づいている音楽だ。