囁くような歌声と人肌の温もりを湛えたアコースティック・サウンドから生まれるのは、誰もが心地良く寛げる歌の世界。もしあなたに居場所がなければここにいればいい……
ロンドン拠点のシンガー・ソングライター、リザ・ロー。彼女のファースト・アルバム『Familiar』は、そのタイトル通り、聴いていると身体と心にすっと馴染んでくるような、親密でフォーキーな一枚だ。アコースティックを主体にした穏やかな演奏とメロウな歌声。2019年のファースト・シングル“Why”ではエレクトロニックなサウンドがベースになっていたが、パンデミックを通過し、フォーク寄りのサウンドに接近していったという。
「前はもっとインディー系とかロック系の音楽を聴くことが多かったんだけど、少し変わってきてる。特に影響を受けたのはエイドリアン・レンカーかな。あとカナダのシンガー・ソングライター、リーフ・ヴォルベックがすごく好きで、彼の“Moondog”には人生を変えられた気がする」。
そうした幽玄でフォーキーな側面は2022年のEP『flourish』ですでに開花していたが、『Familiar』ではバンド・アンサンブルを初めて導入し、ぐっとサウンドの幅と厚みが増した一枚となった。シンプルな弾き語りをベースとした“Darling”や、パーカッションを取り入れつつジャジーにまとめた“Catch The Door”など、曲ごとにさまざまな情感を浮かび上がらせている。
「全員でひとつの部屋に集まって演奏して、その音をそのまま作品にするという考え方で、あまり余計な要素を加えずに、バンドの生の音を大切にした。それを後押ししてくれたのがレーベル、ギアボックスのチームであり、プロデューサーでありメンターでもあるジョン・ケリーだった。ひとつのスタイルやジャンルに絞りすぎずに、いろんな側面を見せることが目標だったんだ」。
そう彼女が語るように、一貫したムードを保ちつつ、多彩なアレンジが聴けるのは『Familiar』の大きな魅力のひとつだ。たとえば“Gipsy Hill”や“A Messenger”におけるストリングスと歌声のリッチな絡みは陶酔的だ。
「ジョンがチェリストでアレンジャーのベン・トリグを紹介してくれて、彼がアレンジを担当してくれたんだ。仕上がりが壮大で、すごくいい雰囲気を作ってくれてるよね」。
一方、“What I Used To Do”はアルバムでもっともシンセが前面に出ていて、彼女の音楽におけるインディー・ポップの要素がダイレクトに感じられる一曲だ。
「私にとっては、曲のポップさよりも伝えたいメッセージが大切だから、1人だと親密な曲を作ることが多いんだよね。だけどこの曲は共作になったことで、意識的にキャッチーな音に挑戦することになった」。
また、特に“Show Me”に顕著だが、アンビエントの手法を取り入れたアトモスフェリックなプロダクションも『Familiar』に奥行きを生み出している。
「これは私が初めてプロデュースした曲で、アンビエントでシンセっぽくて幻想的な感じになったのは、自然なことだったのかも。実はロックダウン中にジョーダン・ラカイのオンライン授業を受けていて、そのおかげで音の操作などを学べたんだ。あと、当時はフルームやFKJのようなアーティストにも影響を受けていたから、そうした要素はこのアルバムにも入っていると思う」。
多様なのはアレンジだけでなく、歌も同様。鍵盤奏者のクリス・ハイソンを制作に招いたスペイン語で歌う“Confiarme”など、ドラマティックな歌唱から囁くような声まで、ヴォーカリゼーションの幅で聴き手を引きこんでいく。
「そうだね、私に影響を与えたシンガーはかなりさまざまで、ジョーダン・ラカイが声を常に挑戦的に使っているのに刺激を受けたし、フィービー・ブリジャーズからは声の親密さを学んだ。ボン・イヴェールのように、発音よりも感情で伝えるスタイルにも影響を受けているね」。
多面的な感情が感じられる『Familiar』だが、一貫した主題としては「馴染みのある感情を追い求めること」があるという。オーガニックなサウンドで満たされた、聴き手の感情の機微に寄り添う一枚だ。じっくり耳を傾ければ、温かく平穏な時間に包まれるだろう。
ジョン・ケリーがプロデュースした作品を一部紹介。
左から、ケイト・ブッシュの80年作『Never For Ever』(EMI)、リチャード・アシュクロフトの2018年作『Natural Rebel』(BMG Rights)