相葉雅紀、松本潤、二宮和也、大野智、櫻井翔からなる5人組・嵐。1999年に結成され、日本を代表するアイドルグループとなった彼らが2026年5月31日、ツアー〈ARASHI LIVE TOUR 2026「We are ARASHI」〉の最終公演をもってその活動に幕を下ろす。今回は嵐の活動終了に向け、〈嵐と私〉をテーマにタワーレコードスタッフへコメントを募った。それぞれの人生とともにあった嵐との思い出から、あなたの〈嵐と私〉も振り返ってもらえたら幸いだ。
なおタワーレコード オンラインには各店のファンスタッフによる〈わたしのベストライブ・嵐への想い〉というコメントカードが掲載された特設ページが設けられているので、あわせてチェックしてほしい。 *Mikiki編集部
さやえんどう(梅田NU茶屋町店)
きっかけは母でした。
物心ついた時からだと思います。母が松本潤くんが好きで観ていた「花より男子」を観て私も嵐に興味を持ち、歌番組を観て大野くんの歌声に惹かれて大野くんを好きになりました。
小学生1年生の時に初めて母に嵐のライブに連れて行ってもらったのが私の人生初のライブで、その時にキラキラ歌って踊る5人を見て〈嵐って本当に存在するんだ!〉と感動したと同時に〈ライブってこんなに楽しいんだ!〉と幼いながらに感じた事を今でも覚えています。
車ではいつも嵐の曲が流れていて、テレビも嵐が出ているものは必ず観ていたし、当時友達との話題も嵐で、運命なのか小学生の頃に運動会の行進曲で“One Love”を演奏、学芸会では“ふるさと”も合唱しました。今思えば嵐は常に私の生活のどこかにあって人生の一部になっていたんだなと感じます。
言葉では上手く言い表せないのですが、嵐の楽曲はどの曲を聴いても〈嵐の曲だな〉と分かるくらい唯一無二の存在で、いつどんな時に聴いても私に寄り添ってくれていました。どの曲も一番なんて選べないくらい良いものばかりで本当に大好きです!
その中でも個人的に特に思い入れのある1曲があって、それが“揺らせ、今を”です。昔からなにか上手くいかない事や新しい事に挑戦する時によく聴く曲で、歌詞の全部が私を前向きにさせてくれます。特に〈明日はきっと雨上がって 太陽待っているだろう〉という歌詞が〈良い事があると信じて今は頑張るしかない〉と思わせてくれて、いつも私に元気をくれる大好きなフレーズです!
常に身近にあったからこそ今も嵐が終わってしまう実感がありません。人生初のライブも初めて好きになったアイドルも嵐で本当に良かったです! 嵐がいなかったら音楽を好きになってなかったかもしれないし、今まで頑張ってこられなかったかもしれません。嵐と出会うきっかけをくれた母にもとても感謝しています。
今まで沢山の素敵な思い出をありがとう! 終わってしまうのは凄く寂しいですが、これからも私の心の中ではずっと嵐の存在は変わらずあり続けます! 嵐最高!!
S・S(リユース事業部)
「ママ! 隣のお兄さんたちはだぁれ?」
2009年、娘のこの一言から我が家の〈嵐な日々〉がスタートしました。某テーマパークでのプレミアムイベントの広告で娘の大好きなキャラクター達と一緒に微笑む彼らに一目惚れをした彼女は今でも「私の初恋」と言います。
このイベントには落選でしたが、翌年のツアーに連れて行くことが出来て。気づけば17年。私自身、一人で子育てしながら、働きながら、親の死、祖父母の介護。いろーんなことを乗り越えてきたそばにはいつも嵐の楽曲が在ったなぁと。ありきたりな言葉だけど、一緒に歳を重ねてきたんだなぁと今、振り返っています。
5月31日、東京ドームでの最後の嵐、見届けてきます!
E. S.(梅田NU茶屋町店)
“Step and Go”。この曲で大野くんの魅力にどハマりしました。ある日、テレビから目と耳に飛び込んできた美しく伸びやかな歌声、しなやかでキレのある無重力ダンスに一瞬で引き込まれた1曲です。長めのサクラップが堪能できるのも嬉しいところ。コンサートでは定番の盛り上がり曲のひとつでもあり、5人が手を重ねて始まる振り付けも嵐らしくて大好きです。旅立ちをテーマにした歌詞が、今の嵐にもどこか重なり、グッとくるものがあります。
初めて嵐を生で見たコンサート〈ARASHI Anniversary Tour 5×10〉では、目の前に嵐の5人がいることに感動して涙が出たことをはっきり覚えています。嵐のコンサートはいつも驚きの仕掛けがいっぱいで本当に楽しくて幸せな気持ちになれます。
あるときには、友達と〈嵐を感じる旅〉を計画して、メンバー出演ドラマのロケ地を巡ったり、テレビ局で「ひみつの嵐ちゃん!」のセットに入って記念撮影したり、相葉くんのご実家の中華料理店で食事したりしたことも素敵な思い出です。
2026年5月、〈ARASHI LIVE TOUR 2026「We are ARASHI」〉の京セラドーム公演に合わせて店頭で特設展開をした際には、たくさんのファンの皆様にご来店いただき、改めて嵐の凄さと皆様の嵐愛を感じました。
「5人での活動は終了しても、嵐はなくならないよ」という二宮くんの力強い言葉が印象的で、寂しい気持ちを救ってくれました。
これまでも、これからも、私たちの心に嵐は居続けてくれます。26年間、たくさんの愛と幸せをありがとう。
西村佳菜穂(梅田NU茶屋町店)
小学5年生の冬、何気なく見ていた「Mステ」の嵐特集。そこで流れた“One Love”の潤くんが美しすぎて、〈この世にこんなに顔が綺麗な人がいるんだ〉と感動したのを今でも鮮明に覚えています。
今まで存在はもちろん知っていたけれど、自分がここまで没頭できるアイドルに出逢えるとは思っていませんでした。思い返せば、保育園の運動会で使われていた入退場の曲も、ダンスの曲もぜんぶ嵐で、出逢うのは必然だったんじゃないかなとも思います。
田舎に住んでいたので近くにタワレコのような大きなお店はありませんでしたが、初めて買ってもらったCDはずっと思い出だし、持ってないCDはレンタルして車やiPodでたくさん聴いたし、ドラマもバラエティも毎週録画して、着々と自分の人生が彩られていくのが楽しかったです。
高校生になったらファンクラブに入ってライブに行こう!と意気込んでいたところで、嵐の活動休止が決定し、そのタイミングからコロナも大流行。このまま一生逢えずに終わってしまうのかな……と思ったこともありました。
しかし、2025年、嵐の活動再開! そしてありがたいことにラストライブに参戦させていただきました。人生で最初で最後の嵐のライブ。嵐に逢うために1人で北海道まで行ったことはこれからも絶対忘れないと思います。
テレビでしか見たことのなかった5人が自分と同じ空間にいて、歌って踊って楽しそうに話している姿を見て〈夢の時間〉とはこのことなんだなと実感しました。潤くんが細部までこだわって作ってくれた演出、それを最大限に魅せる嵐の5人を見られて幸せでした。
ちょっと出逢うのは遅かったけれど、嵐と同じ時代を生きられたことが私の人生の誇りだし、これからも私の中で伝説です。世界でいちばん楽しくて大切な時間を過ごさせてくれてありがとう。今までもこれからも嵐が大好きです。
近藤陵翔(アリオ倉敷店)
私が産まれたその夜、嵐は「Mステスーパーライブ」で“Hero”を歌っていました。それを知ったのはその9年後のこと。それまでも車で流れるのはいつも嵐、テレビに映っているのはいつも嵐、そんな日々でした。物心がついた時から毎日のように聴いていたベスト盤『5×10 All the BEST! 1999-2009』。その中でも、幼いながら気に入っていた曲は“Hero”でした。産まれた日にテレビで披露していたことを知った瞬間は、勝手に運命を感じました。その日から今日に至るまで、“Hero”という楽曲と、嵐とともに歳をとっているような感覚で居ます。新曲が出る度にCDをカーステに録音して、歌番組を録画して、今となっては不便に感じる作業が、嵐のためなら楽しくて仕方ありませんでした。
母と姉の影響で好きになった嵐も、いつしか自分でCDを集めるようになったり、今では自分の運転する車で流すようになったり、大人への階段を一緒に上ってくれた嵐は、まさに青春そのもの。ライブに行くことは一度も出来ませんでした。でも、もう一度5人で集まってパフォーマンスすることを決めてくれたツアーのファイナル、この生配信が私の初参戦ライブです。5月31日、ありえないくらい泣くと思います。でもその涙を、明日からの希望に変えてくれるのが、嵐です。みんなのヒーローです。本当に本当にありがとう!!!!!
坂﨑結菜(新宿店)
4歳の初恋から今日まで、私の人生の真ん中にはいつも嵐がいました。嬉しい時も辛い時も、5人の存在に何度も何度も支えられてきました。
自分の部屋にはポスターを飾り、嵐が出ていたテレビの感想を友達と話すために学校に通ったりカラオケでみんなと大合唱したり……振り返れば、私の青春のすべてが嵐で彩られていました。活動休止・終了の発表を知った日は涙が溢れましたが、嵐への愛と感謝は増すばかりです。
いつどんな時でもファンに真っ直ぐ感謝を伝えてくれる誠実さや、お互いを思いやる姿など尊敬できる人間性に私は人としてもたくさんの大切なことを学びました。6月1日が私の誕生日なので嵐と一緒に迎えることができないのはとても寂しいですが、5人が私にくれた青春という一生の宝物を胸に、これからもずっとずっと嵐を愛し続けます!!!!!
お湯(明石店)
これは誇張でもなんでもなく、わたしたちの毎日にはずっとずっと嵐が存在していました。桜咲く春も、太陽きらめく夏も、落ち葉舞う秋も、雪がしんしんと降る冬も。いつでもそばに嵐がいて、いつでも嵐の音楽に励まされてきました。それはこれからもずっとそうだと思います。
永遠という言葉を信じたいと思っていても、終わりはいつかくる。その日を後悔で終わらないように大切に大切に毎日を紡いでくれる5人がとっても大好きです。前にも増して大好きになりました。
本当に本当に〈嵐〉になってくれてありがとう。
わたしたちと5人の道が、いつかいつかまた交わることを祈って。
〈今 瞳の奥に 輝く夢は いつでも いつまでも〉
野口薫子(渋谷店)
嵐に出会ったのは、ドラマ「花より男子」の主題歌“WISH”でした。当時の私は「花男」にどハマりしていて、放送翌日の学校では「道明寺派か花沢類派か」の議論で盛り上がっていました。
私の人生を大きく変えたのが、友達の家で観た「ARASHI AROUND ASIA 2008 in TOKYO」のDVDでした。ステージに立つ5人は最高にキラキラしていて、会場の歓声、一体感。〈こんな世界があるんだ〉と衝撃を受けました。私はそこからエンターテイメントの世界に釘付けになりました。今振り返れば、あの時に私の音楽人生が始まったんだと思います。
母に泣きついて、中学3年生のクリスマスプレゼントでFCに入会しました。今でも、あの時のサンタさんには感謝しています。
初めて行った嵐のライブは〈ARASHI LIVE TOUR Beautiful World〉の札幌ドーム公演。母と一緒に、夢のような景色を体感しました。そして2026年。〈We are ARASHI〉のライブに、今度は〈嵐との沢山の思い出が詰まった札幌ドーム〉へ、再び母と行くことが出来ました。嵐に大きな感謝を叫び、抱えきれないほどの愛を受け取って、一生忘れられないライブになりました。
5月31日を迎え、嵐の活動が終了したとしても、最後に届けてくれた“Five”は、〈未来に怯えなくていい〉と歌ってくれています。嵐がこれまで届けてくれた抱えきれないほどの愛があるから、私はこれから先も頑張っていける気がしています。嵐に出会えて、私の人生は間違いなく豊かになりました。ありがとう、嵐。
大高店スタッフ(大高店)
〈5×10〉が初めての嵐ライブでした。ペンラを買おうと張り切ってお昼に会場に着いたのに「グッズの列が、隣の駅まで伸びていて今からでは開演に間に合いません」とのアナウンスに、呆然とした思い出があります……。
なかなかライブに行けず、映像作品で嵐のライブを楽しむ日々でしたが、毎度毎度、度肝を抜くステージを観るたび〈やっぱ、嵐すげぇ〉と誇らしい気持ちになりました。
また5人で戻って来てくれて、本当に本当に涙が出るほど(いや、実際に泣きました)嬉しいっっっっっ。
こんなにも〈ありがとう〉を伝えたいと思ったのは初めてです。大高店で募集している〈嵐に届けメッセージ〉も〈ありがとう〉の文字がいっぱいです。6月1日からも店内では嵐の曲が流れてます。5人が嵐でいた日々を 大切に繋げていきます。
ありがとう! 嵐!!!!!
R. O.(TOWER RECORDS mini もりのみやキューズモール店)
私にとって嵐は、〈当たり前にいてくれる存在〉でした。
初恋は嵐でした。テレビを見れば5人がいて、曲を聴けば元気をもらえて、ライブの日には何よりも幸せな気持ちになれる。しんどいときも、嬉しいときも、どんなときでも気づけばいつも隣に嵐の音楽がありました。
活動終了の発表を聞いた時は、正直現実味がありませんでした。ですが、ライブが近づくにつれて、開演前から泣きそうになるくらい、自分にとって嵐が本当に大きな存在だったんだと実感しました。
そして、〈We are ARASHI〉の大阪公演に行けたことは、一生忘れられない宝物です。会場に入った瞬間から胸がいっぱいで、活動休止前と変わらない5人の空気感や笑い合う姿を見て、〈嵐ってやっぱり嵐だな〉と心から感じました。そして、どこの席にも同じように想いを届けようとしてくれる姿、会場全体を大切にしてくれるからこそ、ずっと多くの人に愛され続けてきたんだと改めて感じました。
ライブで見た景色や5人の言葉、会場の一体感、その全てが私の青春です。嵐の前向きな言葉には何度も救われ、作品を聴くたびにその時の思い出や感情まで蘇ります。
そして31日のラストライブ配信。嵐が最後に届けてくれる時間を大切に受け取りたいと思っています。
嵐と出会えたことは、私の人生の宝物です。心からありがとう。たくさんの幸せと、夢と、忘れられない景色をありがとうございました。
これから先も、嵐はずっと私の人生のそばにあります!!!!!
H. A.(TOWER RECORDS mini もりのみやキューズモール店)
きっかけを覚えていないくらい自然に、気づけば好きになっていた嵐。
嵐を好きになっていなければ、出会えなかったひとたちがいます。嵐を好きになっていなければ、受験を乗り越えられなかったかもしれません。嵐を好きになっていなければ、私が音楽にのめり込むことも、タワーレコードで働くこともなかったかもしれません(二宮くんの影響でバンドにハマったり、ギターを始めたり……あらゆる影響を受けまくった10代でした)。嵐を好きになって広がった世界が、今の私を作り、未来の支えにもなっています。
「新しいDVDが欲しくて……」の連絡ですぐ予約してくれた父。ライブに同行し、グッズ列に3時間一緒に並んでくれた母。休止で落ち込む私を気遣ってくれた友達。〈嵐と私〉の周りは、いつだって優しさに満ちています。
嵐にしか生み出せないものを、魅せられないエンターテイメントを目の当たりにできたことは一生の誇りです。
口を開けば「嵐嵐嵐嵐嵐」だった子どもの私は、10数年、嵐を夢中で見上げて大人になりました。お母さん、(嵐のいるこの時代に)いつも産んでくれてありがとう! 幸せ者です。
〈はじめての深いいとおしさは嵐〉と胸張って言えます。
ずっと大好きです。ありがとう嵐!!!!!
辻(モレラ岐阜店)
私にとって、初めて出会ったアイドルが嵐でした。“Love so sweet”が発売された時期で、今でも2007年イコール“Love so sweet”の年だと認識しています。
当時小学生だった私は、嵐をきっかけに、たくさんのことを学びました。CDの予約の仕方、テレビ番組の録画の仕方、ストッキングの上手なかぶり方、コンサートの楽しさ、歌詞にでてくる英単語の意味、パーカーを重ねて着る勇気。そしてなにより、〈好きな人〉ができることで、こんなにも世界は広がり輝くのだと、嵐は教えてくれました。
本当に、ありがとう。大好きです。世界中のこの伝えきれぬ愛しさが、花になって、嵐の5人に降り注ぎますように。
K(アミュプラザ博多店)
全ての始まりはドラマ「ごくせん」で沢田慎役を演じたJ(あえてこう呼ばせてください)でした。初めて〈コンサート〉や〈ライブ〉というものに行ったのは嵐の〈How's it going? SUMMER CONCERT 2003〉。初めて〈CD〉を買ったのは嵐の“PIKA☆NCHI”。初めて〈エンターテインメント〉に触れたのは嵐。でした。
輝かしいエンタメの世界で最前線を突っ走る嵐。そしてこの事務所の計り知れない魅力にどっぷりハマったあの瞬間。嵐の曲にこれまで何度も助けられてきました。今でも踊れる振付、いっぱいあります(やっぱり“CARNIVAL NIGHT part 2”は名曲だよね)。
Jのドラマ「花より男子」をきっかけに爆発ブレイクをしたあの時。アリーナからドームへ、そして国立へ、と。一歩一歩高みへと昇りつめたあの時。気付けば周りもみんな嵐のファンで、テレビを点けたらいつも嵐が居て……。生活のどこかに絶対居てくれるのは、家族か嵐かぐらいでした。嵐と過ごした青春は私のかけがえのない宝物です。もう一度あの日に戻れるとしても、私は嵐を選ぶでしょう。
嵐をきっかけにSTARTO ENTERTAINMENTの魅力を知って、事務所が提供するコンテンツをいつも追って、〈自担〉を愛でて、〈好きを仕事にしたい〉と願った私が、今タワーレコードでSTARTO ENTERTAINMENT担当として働いているのはJ(あえてこう呼ばせてください)と嵐のおかげです。
嵐、本当にありがとう。最前線のアイドルとして突っ走り続けてくれて、ありがとう。
嵐からもらったでっかい愛とか希望はこれからも日本中の人々の心に在り続けることでしょう。
岩崎もなみ(広島店)
母の影響で、物心ついた時にはすでに嵐は私の日常の中にいました。たくさんの思い出がある中で、私にとって忘れられないライブがあります。
〈ARASHI LIVE TOUR 2017-2018「untitled」〉のツアー最終日、京セラドーム公演です。私が初めて行った嵐のライブでした。まだ、小学生だったこともあり、その時の景色や細かい記憶は少しずつ薄れてきている部分もあります。でも、あの日に感じた気持ちだけは今でも鮮明に覚えています。ただ楽しい、嬉しいだけでは表しきれない感情でした。あの時間は私にとって、後にも先にも代え難い人生ライブです。
特に今でもずっと心に残っているのが、“Song for you”です。この曲を生で聴いた瞬間、気づけば自然と涙が溢れていました。目の前にいる嵐5人の歌声がまっすぐ胸に刺さって、とても心を動かされたのを覚えています。今思えばあの時が、私にとって音楽の素晴らしさを知った原点だったと思います。想いを音や言葉にのせて、人の心に届けることができる。そんな音楽の力を初めて心から感じた瞬間でした。曲が終わった後、会場全体が拍手に包まれた空気感も忘れられません。
それからCDでも嵐の曲をたくさん聴き、毎日毎日勇気をもらっていました。先が見えなかったコロナ禍の日々も、嵐の音楽に何度も救われました。きっと同じように嵐に希望をもらった人はたくさんいたはずです。楽しい時も苦しい時も、人生のいろいろな瞬間に寄り添い続けてくれた嵐。私の心の中にずっと居続ける大切な存在です。本当にありがとう!!!!!
R. M.(錦糸町パルコ店)
まずは大きな感謝の言葉を。本当に本当にありがとう。
生まれた頃から、私の日常には当たり前のように嵐がいました。母がデビュー前からメンバーのファンだったこともあり、いつから好きなのかは自分でもわかりません。気づいた時には、嵐の曲が流れる日々の中を過ごしてきました。
幼い頃、母にライブ映像を見せてもらうのが大好きで、特に二宮くんが映ると嬉しくて、「私の初恋は二宮和也くん」と言えるほどに夢中でした。初めてライブに行ったのは小学校3年生の時、〈ARASHI 10-11 TOUR「“Scene” ~君と僕の見ている風景~ STADIUM」〉の国立競技場公演。嵐が滝の中から登場した瞬間の衝撃と歓声は、今でも鮮明に覚えています。
私の人生にはずっと嵐がいて、今でもイントロが流れただけで細胞レベルで反応します。これまで一緒に歩いてきた年数は決して思い出になることなく、これからも人生そのものに寄り添ってくれるグループだと思います。
田中優軌(池袋店)
私にとって嵐は、いつもすぐそばにありました。季節の中で、夏になれば扇風機を出して、年が明ければお雑煮を食べるような感覚で。秋になればアルバムが出て、冬のツアーに申し込む。毎週、日曜日に憂鬱になり、金曜日にワクワクするような感覚で。毎週のレギュラー番組やドラマにワクワクして、終わってしまえば憂鬱になる。友だちや家族の誕生日を祝うような感覚で。1、6、8、9、11、12月には嵐のお祝い事を祝う。そんな風に生活と感情のルーティンのそばに嵐がいました。当たり前に。
2021年1月1日以降、嵐が一旦止んだあとも、当たり前であるという感覚は消えませんでした。無意識に口ずさむ楽曲が、頭に残る作品があったから。ライブでもらった想い出があったから。大野くんの「またね」があったから。休止中もどこか穏やかでした。
そして去年、再び動き出した嵐。約1年という、限られた愛と時間を両手に抱きしめるような日々。儚くもありますが幸せな時間でした。
3月15日、〈We are ARASHI〉の北海道公演に足を運ぶことができました。コンサートが終わった後に抱いたのは、喪失感よりも受け取った愛による幸福感です。きっと、5月31日も、悲しい気持ちだけでは終わらない。そういうグループだからこそ、こんなに愛されているのだと思います。
池袋店で実施中の楽曲投票企画、幅広いお客様からたくさんのご投票いただいております。それぞれの人生に、それぞれの楽曲があるのだと実感する毎日です。
こんなに愛の往来があるグループを応援できていること。私の、私たちファンの誇りです! 忘れないでいよう。
佐藤穂奈美(高松丸亀町店)
〈嵐の展開を作りたい! ポップやコメントを書きたい!〉私がタワーレコードを志した理由は、〈嵐が好きだから〉でした。
入社した2012年は、シングル“ワイルド アット ハート”“Face Down”“Your Eyes”、アルバム『Popcorn』がリリースされた年。フラゲ日にはたくさんのお客様が嵐のCDを求めてご来店され、店内のBGMは、嵐祭り! その賑わいに心が躍り、タワーレコードスタッフとしてリリースに携われていることに、大きな喜びを感じました。
初めて店頭の展開を担当したのは、2012年の年末に発売された〈ARASHI アラフェス NATIONAL STADIUM 2012〉の映像作品。〈どんなキャッチにしよう? どんなコメントを書こう?〉と、ワクワクしながらの展開作り。小学生の頃から嵐が好きで、絵を描くこと、文章を書くことも好きだった私には、この展開作りは夢のような時間でした。
リリースの度に展開を作り、フラゲ日に店頭でお客様をお迎えすることがとても嬉しく、誇りに感じました。タワーレコードで、嵐の作品を手に取ること。それは、特別な体験であり、多くの方にとって一生の思い出になっていると思います。私自身、人生で初めて買ったCDは、嵐の『HERE WE GO!』(2002年発売)でした。
1999年のデビューから今日まで、愛のある作品、パフォーマンスをたくさん届けてくれた嵐に、大きな感謝を。これからも5人の幸せを願って、風を贈り続けます!!!!!